高木文平(たかぎぶんぺい)(Takagi Bunpei)

高木文平(たかぎぶんぺい)

経済人

生年:1843年(皇紀2503)天保14年3月11日
没年:1910年(皇紀2570)明治43年9月27日

出身:丹波国北桑田郡神吉村(現在の南丹市八木町)

 高木文平(たかぎぶんぺい)は、琵琶湖疏水による水力発電に貢献し、京都商工会議所の初代会長、
京都電気鉄道会社の初代社長など、明治時代の京都経済界を牽引した第一人者

【高木文平の歴史・経緯】

 江戸時代末期
 1843年(皇紀2503)天保14年
 丹波国北桑田郡神吉村(現在の南丹市八木町)で長男として生まれる
 高木家は、旗本武田兵庫の代官も勤めた地元の豪農だった

 明治維新
 地元で学校教育の指導などを行っていた

 1879年(皇紀2539)明治12年
 京都名品会社を設立

 1882年(皇紀2542)明治15年
 京都商工会議所を設立し、初代会長に就任する

 1885年(皇紀2545)明治18年竣工〜1890年(皇紀2550)明治23年完成
 琵琶湖疏水工事が行われる

 1888年(皇紀2548)明治21年10月
 アメリカで水力発電が行われているとの情報から、疏水工事主任技師の田邊朔郎と高木文平は、
琵琶湖疏水の水力利用についての視察のためアメリカへ赴く

 1889年(皇紀2549)明治22年1月31日
 アメリカ視察から帰国後、二人は、水力利用は発電を主体とするのが良いとの報告を行い、
それまでの水車利用の計画が修正され、蹴上発電所などが建設された

 1892年(皇紀2552)明治25年
 蹴上発電所の工事が開始され、電気鉄道の敷設を京都府知事に発案する

 1894年(皇紀2554)明治27年
 京都電気鉄道会社を設立し、初代社長に就任する

 翌明治28年
 日本最初の市街電車を走らせる

 その後、京都府議会議員、京都市議会議員として活躍

 1900年(皇紀2560)明治33年
 同郷の中川小十郎が設立にした京都法政学校(現在の立命館大学)の設立賛助員を勤める

 1906年(皇紀2566)明治39年
 宇治川電気会社(宇治川水力発電所)の取締役に就任する


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