松永貞徳(まつながていとく)(Teitoku Matsunaga)

松永貞徳(まつながていとく)は、江戸時代前期の俳人・歌人・歌学者・狂歌師

生年:1571年(皇紀2231)元亀2年
没年:1653年(皇紀2313)承応2年11月15日
享年:83

父親:松永永種
母親:藤原惺窩の姉
子供:松永尺五(朱子学者)、松永昌三

幼名:勝熊
賜号:花咲翁・花の本
号:長頭丸(ちょうずまる)・逍遊軒(しょうゆうけん)・延陀丸(えんだまる)・保童坊・松友・明心居士など
通称:花咲亭逍遙軒・五条の翁

貞門俳諧の祖

出身:京都
墓所:実相寺(京都市南区上鳥羽)

 松永貞徳(まつながていとく)は、江戸時代前期の俳人・歌人・歌学者・狂歌師

 貞門俳諧の祖とされる

【松永貞徳の歴史・経緯】

【松永貞徳】

 和歌・歌学を細川幽斎や九条稙通に、連歌を連歌師 里村紹巴(さとむらじょうは)に学ぶ

 他にも、50数人に師事したといわれる
 俳諧が流行すると中心人物として指導者となり、古典を講義したり、私塾を開き、庶民の間に俳諧を広めた

 「俳諧御傘(はいかいごさん)」を著して、俳諧の式目を定め貞門俳諧の祖となる

 俳諧は連歌・和歌への入門段階にあるとして、俗語・漢語などの俳言(はいごん)を用いるべきと主張した

 狂歌も近世初期の第一人者

 門下から北村季吟・加藤盤斎・伊藤仁斎・安原貞室ら七哲らを輩出し一大流派をなした
 灰屋紹益中川喜雲らも松永貞徳から和歌を学ぶ

【松永貞徳の著書】

 <歌集「逍遊愚抄」>

 <俳諧式目書「俳諧御傘(はいかいごさん)」>

 <「新増犬筑波集」>
 <「天水抄」>
 <「紅梅千句」>

【松永貞徳ゆかりの地】

 <妙満寺
 「成就院 洛中雪月花三名園」の一つ「雪の庭」
 松永貞徳の作庭
 清水寺成就院に「月の庭」、北野成就院に「花の庭」(現存せず)を同時に作庭したといわれる

 <清水寺 成就院
 月の庭(国の名勝は、相阿弥の作庭で小堀遠州の補修とか、松永貞徳の作庭ともいわれている

 <松永貞徳花咲亭址
 松永貞徳は、60代半ばで隠居して、稲荷町花開に移り住んだ屋敷跡
 現在の花咲稲荷神社の前に石碑が立つ

 <花咲稲荷神社
 松永貞徳の邸宅内に鎮守社として祀られていたといわれる


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