善願寺(ぜんがんじ)(ZenganJi)


所在地:京都市伏見区醍醐南里町   地図情報

天台宗来迎寺(大津市下坂本)の末寺

山号:誓弘山(せいぐざん)

本尊:地蔵菩薩

開基:行基(ぎょうき)

開山:行基(ぎょうき)

中興の祖:慈恵大師 源信(第18代天台座主

通称:腹帯地蔵(はらおびじぞう)

ご利益:安産祈願・子授け祈願・厄除け・水子供養・心願成就・家内安全

 善願寺(ぜんがんじ)は、醍醐寺から旧奈良街道沿いに南下したところにたつ寺院

 腹部に裳の結び目があり腹帯に見える「腹帯地蔵さん」が祀られており、安産祈願の信仰を集める

【善願寺の歴史・経緯】



【善願寺の伽藍】

 <地蔵堂(本堂)>
 旧奈良街道に面しており、正面の小窓から本堂内部が拝観できる
 白壁が左右に広がっている
 平安時代末期
 平重衡(平清盛の五男)の夫人「佐の局」(安徳天皇の乳母)が、日野に住んでおり、
地蔵尊に安産を祈願して本堂が寄進されたといわれる
 1844年(皇紀2504)弘化元年
 現在の建物が、第19世 慈円上人(浄土宗西山派の僧)によって再建される
 天井には、岸派の画家による華麗な「花卉図」「雲龍図」「飛天図」など天井画120面が描かれている

 <ダキニ天堂>
 <庫裡>
 <客殿>

 <小町榧(こまちがや)>
 樹齢1000年を超える榧(かや)の神木
 小野小町が、深草の少将の百夜通いのときに巻いた99個の榧の実のひとつが育ったものといわれる
 生の立木に不動明王像が彫られている
 1955年(皇紀2615)昭和30年頃
 住職が、神木の榧の木に、不動尊が立たれる夢を見たとして、
依頼を受けた大仏師 西村公朝によって彫られた

 世界三大美人の小野小町にあやかり、この榧の実を持っていると美男美女になるといわれ、
この榧の実が入ったお守りが授与される

【善願寺の寺宝】

 <地蔵菩薩坐像(重要文化財)>
 定朝様の桧材の寄木造、京都市内最大級の像高268.2cmの丈六像
 平安時代末期
 1156年(皇紀1816)保元元年頃
 平重衡(平清盛の五男)の安産を祈願して七条仏所の仏師 定朝により作られたといわれる
 腹部に腰紐で結んだ下衣が見え、腹帯に似ているところから「腹帯地蔵さん」と称される
 右手は手のひらを上にして膝に乗せ、左手には宝珠をささげ持っている
 安産祈願の信仰を集めている

 <僧形坐像(そうぎょうざぞう)2体(京都府指定文化財) >
 平安時代初期に唐からの請来されたものといわれる
 桜系材の木造、像高36.9cmと36.6cm
 数少ない唐時代の木彫像として貴重なもの
 京都国立博物館に寄託されている

 <阿弥陀三尊像(あみださんぞんぞう)>
 本堂の正面に安置される本尊
 阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩の三尊形式の仏像
 極楽浄土を治める阿弥陀如来を中心に、
 右脇に慈悲の光の観世音菩薩、左脇に智慧の光の勢至菩薩が安置される

 <天井絵「花卉図(かきず)」120面>
 本堂の外陣の格天井の板画に色彩鮮やかな「花卉図」が描かれている
 江戸時代後期
 ほとんどが、岸派の画家や弟子達の作
 中央の1作品のみが、四条派の画家 松村景文の作

 <ふれ愛観音像>
 目の不自由な人でも心の目と手で触れることができる観音様として作られたもの
 大仏師 西村公朝の作

 <水子地蔵像(みずこじぞう)>
 水子の霊を供養する地蔵尊

 <元三大師像(がんざんだいしぞう)>
 延暦寺の中興の祖 第18代天台座主慈恵大師 良源の坐像
 荒廃していた善願寺も再興した
 正月三日に亡くなったので、「元三大師」とも称される

 <ダキニ天像(だきにてんぞう)>
 稲荷明神の天神といわれる、宝珠と宝剣を持ち「玄狐」にまたがった天女
 非常に神通力の強い密教の善神


【その他】

 <岩田帯
 安産祈願の岩田帯が授与されている

【善願寺へのアクセス】

 京阪バス 醍醐和泉町 徒歩約3分
 地下鉄 東西線 醍醐駅 徒歩約15分

[インデックス]


京都通メンバページ

写真:表示/非表示

[目次]


[関連項目]


[協賛リンク]



[凡例]

赤字
 京都検定の出題事項
 (過去問は下段に掲載)

ピンク
 京都検定に出題された
項目へのリンク

青色紫色
 関連項目へのリンク