東光寺(とうこうじ)(ToukouJi)

所在地:亀岡市千歳町千歳上所   ちず丸地図情報

臨済宗興聖寺派の寺院

山号:千年山

本尊:釈迦如来

開山:天台座主延暦寺5世 智証大師円珍

中興の祖:伏見宮 邦茂王の次男

丹波七福神めぐり第7番(福禄寿

 東光寺(とうこうじ)は、亀岡市市街地北部の千歳町にある神社

 丹波七福神めぐり第7番で、幸福・封録・長寿の三徳を招来し人生円満を授けるといわれる福禄寿が祀られている

【東光寺の歴史・経緯】

 平安時代初期
 仁和年間(885年〜889年)
 天台座主延暦寺5世 智証大師 円珍が、出雲大神宮の神体山である千年山の麓に金仙寺を創建して、
円珍が自ら作った一刀三礼の薬師如来を祀ったのが由来といわれる

 その後、たびたび焼失して衰退する

 北朝 観応年間(1350年〜1352年)
 騒乱により焼失する

 明徳年間(1390年〜1394年)
 恵門和尚により、金仙寺の跡地に禅寺として岩鍋山 岩平寺が創建され、七堂伽藍が整備される

 戦国時代
 永正年間(1504年〜1521年)
 騒乱により焼失する

 伏見宮第7代 伏見宮邦輔親王の王子 邦茂王が、細川氏や三好氏の争いを避け、臣籍降下して亀岡小口村に隠遁する

 邦茂王の次男の僧 祖渓(浄泉和尚・大中和尚)が、円珍の作の金仙寺の薬師如来を自坊である浄泉庵に祀り、
東光寺の再興となる

 江戸時代中期
 寛延年間(1748年〜1751年)
 洛北興聖寺第13世 月中和尚により現在の地に移され、臨済宗興聖寺派の寺院となる

 その後、特漂祖達や一源和尚が布教され復興する

 文化年間(1804年〜1818年)・文政年間(1818年〜1830年)に再度、復興する

 1906年(皇紀2566)明治39年
 飛騨国の本覚寺の智瑛道和尚により復興される

【東光寺の伽藍】

 <山門>
 <鳥居>

 <本堂>
 本尊の釈迦如来が祀られている
 撫で仏の木造 福禄寿が安置されている

 <薬師堂>
 円珍の作といわれる薬師如来立像が祀られている
 福禄寿も祀られている

 <庭園>

 <福禄寿の石像>

 <邦茂王の陵墓>
 東光寺の山奥にある
 現在、宮内庁管理となっている

【東光寺の寺宝】

 <福禄寿
 薬師堂に祀られている
 七福神の一つ
 幸福・封録・長寿の三徳を招来し人生円満を授けるといわれる
 丹波七福神めぐり第7番

【東光寺へのアクセス】

 JR山陰本線(嵯峨野線) 亀岡駅から第1番 神応寺まで約4km 徒歩約60分 神応寺から徒歩約70分

 亀岡駅から亀岡市ふるさとバス 小口 徒歩約5分

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