新徳寺(しんとくじ)(ShintokuJi)

正式名称:新徳禅寺

所在地:京都市中京区壬生賀陽御所町   地図情報

臨済宗永源寺派の寺院

山号:鳳翔山

本尊:准胝観音菩薩

開基:天巌文聡(永源寺113世)

 新徳寺(しんとくじ)は、壬生寺の東向かいにある寺院

 幕末維新には上洛した浪士組の清河八郎が、隊士を集めて尊王攘夷の演説を行ったところ

【新徳寺の歴史・経緯】

【新徳寺の伽藍】

 <本堂>

 <「第二番 屋根葺地蔵尊 万年寺」の石標>

【新徳寺の寺宝】

 <准胝観音菩薩>
 本尊

 <紙本著色 星光寺縁起絵巻 2巻(重要文化財)>
 星光寺の草創記、本尊 地蔵菩薩の霊験譚がまとめられている
 平資親の邸内、牧谿様の竹林図、猿猴図の襖、寝所なども描かれている
 室町時代の土佐光信の筆といわれるが、現在は、土佐光信制作直後の模本とみられている
 東京国立博物館所蔵

 <屋根葺地蔵(やねふきじぞう)>
 江戸時代の作といわれる地蔵菩薩
 木造、像高約34cm、右手に錫杖、左手に宝珠、左足を下げた半跏趺坐像

 客仏で、かつては、星光寺(せいこうじ)の本尊で、室町時代の洛陽六地蔵巡りの一つとされており、石造だったといわれる
 「星光寺縁起絵巻」2巻によると
 鎌倉時代、建長年間(1249年〜1256年)、六角櫛箪笥町(くしげちょう)に貧しい筆売りの老女が地蔵尊を信仰していた
 ある時、大風で家が倒壊してしまい、地蔵尊のご加護がなかったと恨んだ
 翌日、老女が家を留守にしている間に、若い数人の法師が訪れ、家を修復し、屋根を葺き替えて帰って行った
 その夜、老女の夢枕に地蔵尊が現れ、これからもさらに信心するように諭して消えて行った
 以後、老女は地蔵尊を篤く信じ、臨終のときには、地蔵尊が来迎し極楽往生したといわれる
 以後、帰依する者も多く「屋根葺地蔵」と称されるようになったという

【新徳寺の祭事】

 元旦に、本堂・本尊の拝観ができる

【新徳寺へのアクセス】

 市バス 壬生寺道 徒歩約5分
 阪急電車 大宮 徒歩約10分
 京福電車 四条大宮 徒歩約10分

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