最勝院(さいしょういん)(SaisyouIn)


所在地:宇治市宇治蓮華   地図情報

天台宗寺門派聖護院の末寺

平等院塔頭

本尊:不動明王

開基:澄栄師

 最勝院(さいしょういん)は、平等院鳳凰堂の2つある塔頭の一つで、鳳凰堂の背後北寄りに建つ

 浄土院浄土宗)と最勝院(天台宗)の住職が、毎年交代で平等院(単立寺院)の管理を行っている

【最勝院の歴史・経緯】




【最勝院の伽藍】

 <本堂>
 北側の入口の正面に建つ
 本尊 不動明王が祀られている
 桃山時代の豪壮な唐破風からなる
 玄関上部にある欄間は、藤の花の透板彫が施されており、伏見城から移されたものといわれる
 天台修験宗の聖護院の末寺でもあり、役行者 役小角(えんのおづぬ)の像も祀られている
 客殿には、平安時代の女神坐像が安置されている

 <不動堂>
 南側の入口
 平等院集印所
 災難除不動尊として信仰を集める

 <池殿地蔵尊>
 不動堂の向かって左側に建つ
 平等院の浴室の守護仏だったといわれる南北朝時代の池殿地蔵が祀られている

 <源頼政のお墓>
 南側の入口の左手奥に塔が建つ
 1180年(皇紀1840)治承4年5月26日
 治承の乱
 源頼政は、高倉宮以仁王の命を受けて、平清盛を打倒するために、三井寺の僧兵とともに挙兵
 宇治において、平知盛の大軍と戦いに大敗し、平等院の境内で辞世の句を残し自刃する
 76歳の老齢だった
 辞世の句
   「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける」
 石造宝篋院塔
 高さ約2m、江戸時代のものといわれる

【最勝院の寺宝】

 <片袖阿弥陀像>
 源頼政の念持仏といわれる

 <絹本著色 源頼政像一幅>
 室町時代の作

 <平等院境内絵図一幅>
 室町時代の作

 <紙本著色 牡丹孔雀図衝立一基>
 江戸時代の望月玉仙が描いたといわれる

【最勝院の祭事】

 <頼政忌>
 5月26日
 源頼政の命日

【その他】

 <平等院
 浄土院(浄土宗)は、最勝院(天台宗)と、毎年交代で平等院(単立寺院)の管理を行っている

 もと平等院は、天台宗寺門派に所属していたが、
 室町時代
 戦乱の中で、天台宗寺門派の勢力が弱まり、
 新興勢力であった浄土宗が、平等院の中に浄土院等、子院を建て始める
 江戸時代
 天台宗の勢力が盛り返し、寺社奉行の裁定により平等院は単立寺院とされ、
天台宗の最勝院と、浄土宗の浄土院との共同管理下に入ることになる

【最勝院へのアクセス】

 JR奈良線 宇治駅 東へ徒歩約10分
 京阪電鉄 宇治線 京阪宇治駅 徒歩約10分

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