宝塔寺(ほうとうじ)(HoutouJi)


所在地:京都市伏見区深草宝塔寺山町   地図情報

日蓮宗妙顕寺派の寺院

山号:深草山(じんそうざん)

院号:鶴林院(かくりんいん)

本尊:釈迦如来十界曼荼羅

開基:関白 藤原基経

開山:日像上人

中興の祖:第8世 日銀上人(にちぎんしょうにん)

別称:西身延・巽の霊山・七面山(しちめんさん)

 宝塔寺(ほうとうじ)は、伏見稲荷大社の南、七面山の中腹にある寺院

 京都市に現存する中でも最古のものといわれる多宝塔が立っている

 関白 藤原基経が創建した当時の「極楽寺」は、源氏物語33帖「藤ノ裏葉」に登場する



【宝塔寺の歴史・経緯】




【宝塔寺の伽藍】

 <本堂(重要文化財)>
 本尊の釈迦如来十界曼荼羅の左右に、日蓮日像上人の像が祀られている
 入母屋造、七間四方、三間向拝を付している
 1608年(皇紀2268)慶長13年の建立
 日蓮宗の本堂としては最古のものといわれる
 2002年(皇紀2662)平成14年
 本堂解体修理の大工事が竣工する

 <総門(そうもん)(重要文化財)>
 四脚門(しきゃくもん)
 室町時代中期の建立

 <仁王門>
 総門から石畳の参道を入ったところにある艶やかな朱色の門
 中央に、橘紋を描いた赤い提灯が吊下がっている
 天井板約250枚の一枚一枚に、色鮮やかな牡丹の花が描かれている

 <多宝塔(たほうとう)(重要文化財)
 本堂の南に建つ塔婆(とうば)
 一層目は、行基葺(ぎょうきぶき)、二層目は本瓦葺の屋根
 1438年(皇紀2098)永享10年以前の建立
 京都市内に現存する最古の多宝塔といわれる

 <日像上人廟>
 墓石には、日像上人自筆の題目笠塔婆がある
 手前左には、「華洛開山日像菩薩」の像がある

 <昭宣堂>
 1941年(皇紀2601)昭和16年
 開基 藤原基経(藤原昭宣)をしのび建立された
 堂内に、宝筐印塔が安置されている

 <妙顕寺歴代廟所>
 宝塔寺の本山 妙顕寺の歴代住持の墓碑が祀られている

 <夫婦塚>
 境内墓地の中にある
 宗有(そうゆう)、妙正(みょうしょう)の夫婦のお墓
 宗有は、肺病治癒の名医で、肺病平癒の信仰を集めている

 <境内墓地>
 「舎利塚」の石碑が立つ
 江戸時代初期の儒学者 三宅寄斉のお墓
 江戸時代末期の科学者 山本亡羊のお墓

 <七面宮(しちめんぐう)>
 祭神:七面大明神
 本堂の背後の七面山(しちめんさん)の中腹にある鏡守社
 1666年(皇紀2326)寛文6年
 法華保護の吉祥天である七面天女(七面大明神)が勧請される
 深草の街を見渡せる、素晴らしい眺めが展望できる

 <伽藍石>
 総門前の北側にある
 平安時代に創建された極楽寺の礎石といわれる

 <「荼毘処」の石碑>
 日像上人が火葬されたところ
 霊光寺の門前、参道の向こう側にある

 <「藤裏葉の苑」の石碑>
 極楽寺が、源氏物語33帖「藤ノ裏葉」に記されているゆかりの地

 <慈母観世音菩薩>

 <浄行菩薩>
 手水の横に立っている




【宝塔寺の塔頭

 総門から仁王門までの石畳の参道の両脇に、6ヶ院の塔頭がある

 <慈雲院
 日利上人(日銀上人の弟子)の開山

 <霊光寺
 日審上人廟所

 <直勝寺
 大雲寺隠居所

 <大雲寺
 六坊の第一
 深草七面山御旅所

 <円妙院
 六坊の第五

 <自徳院>
 六坊の第四
 元禄年間(1688年〜1704年)
 「観静坊」から「自得院」に改称される

 <玉泉院>
 六坊の第三
 明治時代初期に慈雲院に合併される

 <院跡石碑>
 深信院(しんじんいん)・本久院(ほんきゅういん)・了性院(りょうしょういん)の跡
 明治維新で廃寺になったといわれる

【宝塔寺へのアクセス】

 京阪電車 深草駅 徒歩約10分
 JR奈良線 稲荷駅 徒歩約10分


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