亀岡祭の山鉾(かめおかまつりのやまほこ)

鍬山神社の例祭

場所:亀岡市市街地   山鉾の地図

期間:毎年10月1日から30日

別称:丹波の祇園祭、亀岡の秋祭

お神輿:2基
山鉾 :11基

京都府登録無形民俗文化財「亀岡祭山鉾行事」
亀岡市指定無形民俗文化財「亀岡祭山鉾行事」

 亀岡祭(かめおかまつり)は、亀岡市で毎年10月1日から30日に行われる鍬山神社の例祭

 10月23日から25日までの3日間行われる山鉾行事では、動く美術館といわれる11基の山鉾が城下町を彩り、
「丹波の祇園祭」と称される

 江戸時代初期に定められた祭法に基づき、亀山藩の保護のもと町衆の祭として行われてきた亀岡市の伝統的なお祭

 「亀岡祭山鉾行事」が、京都府登録無形民俗文化財に指定されている


 曳山8基、舁山が3基、計11基が、各山鉾町で保存継承されている

 曳山は、鉾形式になっていて、それぞれ異なった囃子(はやし)が伝承されている

【翁山鉾】

 山鉾町:三宅町

 ご神体:能楽で祝言・儀礼で演じられる「式三番」に登場する翁(おきな)
 ご神体の白色尉と黒色尉の面が伝わっている

 くじ取らずで、毎年、山鉾巡幸の先頭を務める
 能楽の催しで「式三番」が最初に演じられることにちなむ

 山鉾で一番大きい車輪で、直径145cm
 一番、長距離の巡行が行われる

 高さ:11.082m(屋根まで5.144m)
 屋根幅:2.729m


 <経緯>
 1764年(皇紀2424)明和元年頃以降、一時途絶える

 1829年(皇紀2489)文政12年
 ご神体の人形や、前掛、天幕などが整えられて再興する

 昭和時代末頃
 ご神体の人形が新調される


 <懸装品>
 前懸幕
 西陣織の大型綴錦で、三国志の劉備・関羽・張飛を描いた「三国志桃園の結義図」
 1829年(皇紀2489)文政12年10月吉日の再興の時に新調され、2006年(皇紀2666)平成18年に修理されている

 見送幕
 西陣織の大型綴錦の「鳳凰額八仙人図」
 1829年(皇紀2489)文政12年10月吉日の再興の時に新調され、2005年(皇紀2665)平成17年に修理されている

 下水引幕
 本緋沙羅地に本色羅紗、および、手刺繍「雲龍の阿吽の図」
 2007年(皇紀2667)平成19年に復元新調

 見送幕下幕
 19世紀の李氏朝鮮の毛綴織「楼閣宮廷図李氏朝鮮毛綴」

 天水引幕
 本緋沙羅地に本色羅紗および手刺繍「翁面図(白色尉・黒色尉の面の図)」
 2010年(皇紀2670)平成22年に復元新調

 胴懸幕
 「三色赤紺緑羅紗地」
 2005年(皇紀2665)平成17年に復元新調

 網隠
 1994年(皇紀2654)平成6年の新調

【鍬山鉾】

 山鉾町:北町

 ご神体:鍬(くわ)で保津川を拓いて丹波国を造られたとされる鍬山大明神(鍬山神社の祭神)

 くじ取らずで、毎年、山鉾巡幸の最後を務める

 高さ11.0m(屋根まで5.485m)
 屋根幅3.020m

 城下町特有の狭い曲がりくねった道に対応する仕掛け(からくり)も付いている


 <経緯>
 1765年(皇紀2425)明和2年  明神山の名前で、曳山として巡行していたとの記録がある

 1811年(皇紀2471)文化8年
 現存の懸装品の多くが、このときに新調される

 2002年(皇紀2662)平成14年
 約200年ぶりに、囃子の一部が復活される

 2003年(皇紀2663)平成15年
 全7曲の囃子が完成する

 2005年(皇紀2665)平成17年
 約200年ぶりに、曳山に復元新調される


 <懸装品>
 胴掛幕
 19世紀初頭のイギリスのビクトリア朝時代の毛織物で黄羅紗地西洋花文様捺染「花籠と花瓶文様紋羅紗」
 東インド会社による交易で得たものといわれる

 見送幕
 縹地雲竜文様綴錦
 1811年(皇紀2471)文化8年に新調され、 1988年(皇紀2648)昭和63年に改修されている

 水引幕
 刺繍「鳳凰の図」3点
 1991年(皇紀2651)平成3年の改修

 前掛幕
 綴織「仙人書画之図」
 1811年(皇紀2471)文化8年に新調され、1989年(皇紀2649)平成元年に補修されている

 旧前掛幕
 萌葱ビロード地に肉盛刺繍「樹下賢人読書の図」
 江戸時代後期のもの

羽衣山鉾

 山鉾町:東竪町・西竪町

 ご神体:謡曲「羽衣」の天女の舞姿と漁夫
 各山鉾の中で、最も大きなご神体の人形

 建造当初は、曳山として最も大きな規模で、囃子も乗っていたといわれる

 高さ11.00m (屋根まで5.33m)
 屋根幅3.30m


 <羽衣山鉾の詳細

難波山鉾

 山鉾町:矢田町・京町・上矢田町

 ご神体:応神天皇が百済国から招いたとされる漢の高祖の子孫といわれる学者 王仁像
 王仁は、「論語」10巻、「千字文」1巻を日本に伝来した

 高さ10.043m(屋根まで4.917m)

 屋根幅2.640m


 <難波山鉾の詳細

高砂山鉾

 山鉾町:柳町

 ご神体:謡曲「高砂」の尉(じょう)と姥(うば)

 高さ9.453m(屋根まで4.840m)

 屋根幅2.546m


 <高砂山鉾の詳細

【三輪山鉾】

 山鉾町:本町

 ご神体:大和国 三輪山の山麓の大神神社の祭神 大物主神
 能楽「三輪」の後シテの女神像として祀られている

 本町の三輪山鉾の正面に、三輪山の大神神社の三ツ鳥居を模した神門が立てられる

 高さ11.243m(屋根まで5.535m)
 屋根幅3.279m


 <経緯>
 三ツ鳥居の箱書きから、
 1749年(皇紀2409)寛延2年
 建造されたとされる

 「三輪山神記」等によると、
 1781年(皇紀2441)天明元年
 舁山から曳山の鉾として改装され、イギリス製の胴幕やインド製の見送幕などが、この頃に新調された

 1953年(皇紀2613)昭和28年
 戦中・戦後に中断していた亀岡祭が再興されたとき、
 三輪山鉾だけが町内の東端から西端まで巡行して祭を盛りあげていたといわれる


 <懸装品>
 見送幕
 18世紀のマカオ製の駒使い繍「ビロード地クルス・鳥唐草文様刺繍」
 1781年(皇紀2441)天明元年に新調され、1921年(皇紀2581)大正10年に修理、1992年(皇紀2652)平成4年に仕立て替え

 見送下幕
 18世紀のマカオ製の綾地錦「紅地菊・龍丸唐草文様錦」
 1781年(皇紀2441)天明元年に新調される

 見送下幕
 繻珍錦「紅地桐・鳳凰唐草文様繻珍錦」
 江戸時代中期のもの

 袖幕(2枚)
 繻珍錦「紺地雲に龍丸宝散文様繻珍錦」
 江戸時代後期のもの

 胴幕(2枚)
 19世紀のイギリス・ビクトリア朝の摺込捺染「黄羅紗地獅子と果実文様捺染」

 前懸幕
 綴織「鳳凰に唐子嬉遊図綴錦」
 1805年(皇紀2465)文化2年に新調、1991年(皇紀2651)平成3年に修理されている

 下水引(2枚)
 唐撚繍 金駒繍「霊長文様刺繍・胸背繋」
 18世紀の中国 清朝のもの、1993年(皇紀2653)平成5年に修理されている

 旧二番水引
 繻珍錦「紺地雲に龍丸宝散文様繻珍錦」
 江戸時代後期のもの

 二番水引
 紺地金襴
 江戸時代後期のもの、1992年(皇紀2652)平成4年に修理されている

 見送下幕
 1992年(皇紀2652)平成4年の新調

 天水引
 唐撚繍切符「緋羅紗地天女奏楽図刺繍」
 1781年(皇紀2441)天明元年に新調

 網隠
 19世紀ヨーロッパの緋羅紗無地

【武内山鉾】

 山鉾町:紺屋町

 ご神体:幼い応神天皇を抱いた武内宿祢(たけうちすくね)
 武内宿祢は、山口県下関市長府の忌ノ宮神社(いのみやじんじゃ)を元宮とされる

 真木には、忌ノ宮神社から見える瀬戸内海の沖合の「満珠島」「干珠島」をイメージにした飾りがつけられている

 高さ9.354m(屋根まで4.682m)
 屋根幅2.640m


 <経緯>
 1777年(皇紀2437)安永6年
 胴幕の箱銘があり、その頃の造営といわれる

 1799年(皇紀2459)寛政11年の記録によると、
 大津祭の曳山のように三輪形式であったことが記されている

 1807年(皇紀2467)文化4年
 見送幕が、百人講合力により新調される

 1829年(皇紀2489)文政12年
 鉾の欄縁の箱銘に「新調、蟷螂山町」とあり、祇園祭蟷螂山の旧材が用いられたとされる

 1977年(皇紀2637)昭和52年
 11の山鉾の中で、最初に「武内山囃子方保存会」が結成され、囃子の保存継承、技術の向上に努められている


 <懸装品>
 前懸幕
 西陣織の繻地雲龍図綴錦
 1803年(皇紀2463)享和3年の新調

 見送幕
 17世紀末の中国 明朝の雲龍宝散図繻珍錦
 1807年(皇紀2467)文化4年の新調

 胴懸幕
 18世紀の朝鮮李朝の毛綴「窓絵に対瓶図」「四花瓶図」
 1777年(皇紀2437)安永6年の新調

 胴懸幕
 18世紀の朝鮮李朝の毛綴「窓絵に四蝶の図」「四対花瓶図」
 1777年(皇紀2437)安永6年の新調

 後懸幕
 18世紀の朝鮮李朝の毛綴
 1777年(皇紀2437)安永6年の新調

 袖幕
 18世紀の朝鮮李朝の毛綴「五羽鶴図」
 1777年(皇紀2437)安永6年の新調

 胴懸幕
 18世紀の朝鮮李朝の毛綴
 1777年(皇紀2437)安永6年の新調

 上水引
 金地に漢詩文の綴織
 1867年(皇紀2527)慶応3年、亀岡の書家 深海皆山の書
 1990年(皇紀2650)平成2年まで用いられており、現在は亀岡市文化資料館に保存されている

 上水引
 唐花丸文様金襴
 1991年(皇紀2651)平成3年の新調

 二番水引
 赤地四宝文様金襴
 1991年(皇紀2651)平成3年の新調

【八幡山鉾】

 山鉾町:西町

 ご神体:氏神の鍬山神社の祭神である誉田別尊

 高さ11.578m(屋根まで4.532m)
 屋根幅2.783m

 城下町の狭い道を巡行・巡回するために、梃子を利用して回転軸にて車輪を浮かし360度回転できる構造になっている


 <経緯>
 山鉾11基中、唯一、造営記録が残されており、
 「八幡山記」によると、
 1763年(皇紀2423)宝暦13年9月、舁山として建造された

 1841年(皇紀2501)天保12年
 現在の曳山に改装された

 1991年(皇紀2651)平成3年から
 町内住民の修復基金により、平成の大修復が行われ、
 ご神体の人形、水引、前掛、見送、胴掛、天幕などが新調・補修された


 <懸装品>
 見送
 綴織「仙人書画図綴錦」
 江戸時代後期のもの
 1996年(皇紀2656)平成8年に修復されている

 旧前縣
 18世紀の中国 清朝の紗刺「牡丹鳳凰図刺繍」

 旧胴幕裂
 18世紀の中国 清朝の綴織描絵「窓絵・牡丹図朝鮮毛綴裂」

 旧胴幕裂
 18世紀の中国 清朝の綴織描絵「四蝶・牡丹図朝鮮毛綴」

 旧袖幕(4枚)
 18世紀の中国 清朝の綴織描絵「窓絵・花瓶図朝鮮毛綴」

 旧胴幕(2枚)
 綾地錦「御簾に地紙文様綾地錦」
 江戸時代後期のもの

 旧袖幕(4枚)
 綾地錦「御簾に地紙文様綾地錦」
 江戸時代後期のもの

 旧胴下幕
 糊防染浸染色差「花色木綿地岩に芦・鳩図文様」
 1763年(皇紀2423)宝暦13年の新調

 旧天水引
 金襴「赤地柘榴地文様」
 江戸時代後期のもの

 旧下水引(2枚)
 繻子地金襴「紺地蜀江に額龍文様金襴」
 1763年(皇紀2423)宝暦13年の新調

 旧二番水引
 綴錦「岩に鳩図綴錦」
 江戸時代後期のもの

 網隠
 切付刺繍「緋羅紗時鳩文様切付」
 江戸時代後期のもの

 前縣幕
 刺繍「牡丹鳳凰図刺繍」
 1995年(皇紀2655)平成7年の新調

 胴幕(2枚)
 金入錦「紺地鳳凰踊桐文様金入錦」
 1994年(皇紀2654)平成6年の新調

 天水引
 金襴「赤地法相華文様金襴」
 1998年(皇紀2658)平成10年の新調

 下水引(2枚)
 金襴「紺地竹襷唐花文様金襴」
 1993年(皇紀2653)平成5年の新調

 二番水引(2枚)
 綴錦「岩に向い鳩紋綴」
 1993年(皇紀2653)平成5年の新調

【浦島山】

 山鉾町:呉服町

 ご神体:釣竿を手にした浦島太郎

 高さ3.793m
 屋根幅1.914m


 <経緯>
 1787年(皇紀2447)天明7年の行列帳に記載されている

 その後、衰退し、山飾りも途絶え、会議所内でのに部屋飾りとなっていた

 1993年(皇紀2653)平成5年
 山を元の形に復元建造される


 <懸装品>
 天水引
 18世紀の中国清朝の皇族クラスの官服原反を水引に仕立てたもので、
 中国から樺太経由で松前藩にもたらされた「蝦夷錦」と称される高級な繻珍錦の「雲龍文繻珍錦水引」
 1799年(皇紀2459)寛政11年
 京都に出て成功した熊野忠兵衛により、見送幕とともに寄贈れた

 胴幕幕
 李氏朝鮮の毛綴「玉取獅子図朝鮮毛綴胴掛」
 朝鮮毛綴のほどんどが、裁断して縦継ぎにされているが、玉取り獅子文様で完全な織物の状態の貴重なもの

 見送幕
 寿老人鹿を愛する之躰
 1799年(皇紀2459)寛政11年、熊野忠兵衛による寄贈

 前懸幕
 錦紺羅紗「金糸天晴といふ縫」

【稲荷山】

 山鉾町:新町・旅籠町

 ご神体:稲穂を天秤棒で背負う稲荷神の倉稲魂(宇迦之御魂大神

 高さ4.1116m
 屋根幅2.330m


 <経緯>
 装束箱の銘によると
 1751年(皇紀2411)寛延4年
 造営されたとされる

 1863年(皇紀2523)文久3年
 旧前懸幕の「浅葱地雲龍文様繻珍綿」が新調される

 1999年(皇紀2659)平成11年
 現在の前懸が復元新調された


 <懸装品>
 旧前懸幕
 「浅葱地雲龍文様繻珍綿」
 中国清朝の皇族が用いるような高級綿
 1863年(皇紀2523)文久3年の新調

 前懸幕
 繻珍綿「浅葱地雲龍文様」
 1999年(皇紀2659)平成11年に、旧前懸幕を復元新調された

 胴掛幕
 毛綴「窓絵に対花瓶」「窓絵岩に牡丹」「文房具に蝶」
 18世紀の朝鮮李朝の毛綴を立継ぎにしたもの
 2003年(皇紀2663)平成15年に修理されている

 見送幕
 西陣織の大型綴錦の「虎に仙人図」

 世話役が纏っている渋染半纏
 江戸時代より着用している装束といわれる
 総指揮用の黒半纏は、宵々山・宵宮で展示されている

【蛭子山】

 山鉾町:塩屋町

 ご神体:釣り上げた大きな鯛を抱いてニッコリと笑った恵比寿像

 毎年多くの子どもたちに引かれて巡行する

 高さ3.925m
 屋根幅2.7204m


 <経緯>
 旧胴幕に転用された水引幕の銘文によると
 1751年(皇紀2411)寛延4年頃
 建造されたといわれる

 1769年(皇紀2429)明和6年、下水引が新調される

 1832年(皇紀2492)天保3年、前掛幕・胴幕などが新調される


 <懸装品>
 見送幕
 西陣織の大型綴錦で、絹と麻の綴織「蘭人図綴錦」
 3人のオランダ人を描いた外国の風景を題材にした、鎖国時代の当時には珍しいもの
 1831年(皇紀2491)天保2年頃の製作
 1985年(皇紀2645)昭和60年に補修されている

 見送下掛下部
 18世紀の朝鮮毛綴半裁「五羽鶴図」

 前掛幕
 紺羅紗地「宝」字切付刺繍
 1987年(皇紀2647)昭和62年に修理されている

 旧胴幕
 紋綾「雲龍立湧文様紅白綿緞子」
 1809年(皇紀2469)文化6年の新調

 旧胴幕
 繻珍綿「緋羅紗・雲龍立湧文様繻珍綿」
 1831年(皇紀2491)天保2年の新調

 胴幕
 緋羅紗「赤地金襴立継」
 1988年(皇紀2648)昭和63年に修理されている

 旧水引裏布
 未晒麻
 1751年(皇紀2411)寛延4年9月の新調

 旧下水引
 金駒繍「緋羅紗地蔓柏紋刺繍」
 1831年(皇紀2491)天保2年の新調

 旧天水引(2枚)
 金襴「赤地柘榴地文様」
 江戸時代後期のもの

 水引幕
 金駒繍「緋羅紗地蔓柏紋刺繍」
 1986年(皇紀2646)昭和61年に修理されている

【アクセス】

 各山鉾町まで、
 JR山陰本線(嵯峨野線) 亀岡駅から徒歩約10分

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