占出山(うらでやま)(UradeYama)

所在地:京都市中京区錦小路通烏丸西入ル占出山町   地図情報

山鉾:舁山(かきやま)

特徴:を持つ神功皇后が祀られている

別名:鮎釣山(あゆつりやま)・あいわい山

重量:0.51トン(30位)(2008年(皇紀2668)平成20年7月17日巡行時に測定)

 占出山(うらでやま)は、祇園祭における山鉾の一つの舁山

 神功皇后が、肥前国 松浦川で、を釣って戦勝の兆としたという説話を表している

 神功皇后は、安産の神さんとして祀られ、山鉾巡行のくじ順が早いとその年はお産が軽いといわれる

 町衆に人気があり、明治時代までは「あいわい山」と称されていた

【占出山の歴史・経緯】








【占出山の装飾品】

 <御神体(人形)>
 神功皇后が祀られている
 周囲を閉じた灯明の光で衣裳が着付けられる
 木芯に五十束の腹帯を巻いて形を整えられ、この腹帯は巡行後に授与される
 顔に神面を付けて、黒髪を長く垂れ、金の烏帽子(えぼし)に太刀をはき、右手に紅紐の釣糸の篠竹の釣竿、
左手に釣り上げた(約40cm)を持って立っている

 <お社>
 正一位 吉国大明神

 <真松>
 御神体が女性なので、雄松(黒松)が立てられる

 <水引>
 「三十六歌仙図」の肉入刺繍
 三十六歌仙は、万葉集から延喜までの秀歌150首を、鎌倉時代に祐盛法師が、一人一首を抜いて左右に分けて競う形にしたもの
 正面中央から向かって右へ、柿本人麻呂・凡河内躬恒・在原業平・大伴家持・平兼盛・源公忠・藤原兼輔・藤原清正・
坂上是則・小大君・猿丸太夫・源宗干・藤原敦忠・藤原敏行・大中臣能宣・
素性法師・藤原興風・斎宮女御
 正面中央から向かって左へ、紀貫之伊勢・山辺赤人・僧正遍照・清原元輔・藤原高光・小野小町・源順・源重之・紀友則・
藤原信明・壬生忠岑・壬生忠見・藤原仲文・藤原朝忠・中務・大中臣頼基・藤原元真
 歌も刺繍されてる
 1831年(皇紀2491)天保2年の製作
 1985年(皇紀2645)昭和60年に京友禅のものが新調された

 <前懸・胴懸>
 日本三景の綴錦
 前懸は巌島(いつくしま)(宮島)、左胴懸は松島、右胴懸に天橋立が描かれている
 1831年(皇紀2491)天保2年の製作
 1984年(皇紀2644)昭和59年から1990年(皇紀2650)平成2年にかけて復元新調された

 奥川来厳の松島図の下絵も別に保存されている

 <見送>
 富士山浦風景図の綴錦
 1890年(皇紀2550)明治23年
 後懸(1831年(皇紀2491)天保2年の製作)を見送りに作り直したもの

 <旧見送>
 中国 明時代の「鳳凰牡丹円紋」や、「花鳥龍図」の綴錦、1890年(皇紀2550)明治23年作の「霞に新羅古鏡の図」などがある

 <御太刀(国宝)>
 三条宗近の作

 <隅房金物>
 歌仙に合わせて桧扇にがデザインされている

【占出山の文化財】

 <御神体衣装>
 神功皇后は安産の神として公家の信仰が篤く、女院や公卿の娘などから寄進された小袖や打掛(うちかけ)・
水干(すいかん)などが、多数保存されている
 「1番の衣装持ち」ともいわれる



【その他】

 <町会所>
 神社の形式が残っている

 <安産御守>
 神功皇后は安産の神として、宵山には安産の御守りと腹帯などが授与される

 船鉾と同様に、御神体に多くの岩田帯を巻いて巡行し、後で安産御腹帯として授与される

 神功皇后に参拝し、2本捧げた蝋燭(ろうそく)のうち短いほうを持ち帰り、お産の時に灯すと燃え尽きるまでに安産するといわれる

 町内の子供たちが唄うお守り売りの唄
 「安産のお守りは これより出ます つねは出ません今晩かぎり ご信心のおんかたさまは ろうそくいっちょう けんじられましょう」と
 抑揚をつけて唄いながらお守りが売られている


【占出山へのアクセス】

 市バス 四条烏丸 徒歩数分
 阪急電車 烏丸駅 徒歩数分
 地下鉄 四条駅 徒歩数分


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