白楽天山(はくらくてんやま)(HakurakutenYama)

所在地:京都市下京区室町通仏光寺上ル白楽天町   地図情報

山鉾:舁山(かきやま)

特徴:白楽天と道林禅師が祀られている
   真松は、山鉾の中で、一番高い

重量:0.71トン(17位)(2008年(皇紀2668)平成20年7月17日巡行時に測定)

 白楽天山(はくらくてんやま)は、祇園祭における山鉾の一つの舁山

 中国 唐の詩人 白楽天が、道林禅師(どうりんぜんじ)に仏法の大意を問うところを表している

【白楽天山の歴史・経緯】


【白楽天山の名前の由来】

 中国 唐の詩人 白楽天が、道林禅師(どうりんぜんじ)に仏法の大意を問うたところ
七仏通戒偈の最初の句「諸悪莫作・衆善奉行(悪い行いをせず善い行いをしなさい)」と答えた場面を表している

 白楽天は、幼い頃から詩に才能のあり、15才で「野火焼き尽さず、春風吹いて又生ず」の名句を詠う
 35才での「長恨歌(ちょうごんか)」、45才での「琵琶行」が著名
 道林禅師との問答は、多くの書物に記載されている

 <問答>
 有能な官僚でもあった白楽天が、視察官として西湖の北の山に赴き、
松の老木の上に住む名僧 道林禅師を訪れて、「仏法の大意は如何に?」と問う

 道林禅師は、「諸悪莫作 衆善奉行」と簡単に答える
 白楽天は、呆れて「そんなことは3歳の子供でも知っています」と言うと、
 「しかし80歳の老翁でも行いがたいことです」と言われる

 白楽天は、道林禅師の徳に感服して帰ったという





【白楽天山の装飾品】

 <御神体(人形)>
 白楽天は、黒い頭髪で、学者・官吏風で、やや下向きで、笏(しゃく)を持って立っている
 金地小袖に浅葱色差貫(さしぬき)唐織白地狩衣(かりぎぬ)の衣裳に唐冠をかぶっている

 道林禅師は、小袖に緞子地(どんすじ)の紫衣(しえ)を着け、金襴の掛絡(から)をかけ、
藍色羅紗(あいいろらしゃ)の帽子(もうす)をかぶり、松の枝の上に座って座禅を組んでいる
 右手に房付の払子(ほっす)を持ち、左手に手巾(てふき)と数珠を懸けて払子の毛先を握っている

 1788年(皇紀2448)天明8年 天明の大火
 人形が焼傷し復元されている

 <真松>
 道林禅師が、松の巨木の上に住んでいることから、山の中で一番高い真松

 <前懸>
 1808年(皇紀2468)文化5年に新調された紺地雲龍文刺繍裂と、
1860年(皇紀2520)万延元年に、蟷螂山より買受けたベルギー製毛綴(タペストリ)の3枚継ぎ

 毛綴は、16世紀(1580年から1620年頃)にベルギー ブリュッセルの職工 ニケイズ・アエルツによって
製作された5枚シリーズの5枚目
 トロイ城陥落のときアイネイアスが父親を救出する場面を描いた「トロイア陥落図」
 大津祭の月宮殿山見送と、大津祭の龍門滝山見送りとは、元は一枚のタペストリーだった
 5枚シリーズの2枚目は、鶏鉾霰天神山に、3枚目は、鯉山に現存している

 <胴懸>
 右胴掛は、水引と同様にフランスより購入した17世紀ベルギー製の毛綴(タペストリ)「女狩人図」
 左胴掛も同じく、「農民の食事図」
 1978年(皇紀2638)昭和53年に購入新調された

 旧胴懸は、雲龍文の綴錦

 <見送>
 表が「鳳凰龍麒麟図」で、裏に「楼閣山水人物図」の油絵が描かれた綴錦
 裏にも描かれているのは山鉾唯一
 1807年(皇紀2467)文化4年に購入され、1997年(皇紀2657)平成9年に修理された

 <旧見送>
 「百児喜遊図」綴織
 1864年(皇紀2524)元治元年に寄贈されたもの

 染織作家 山鹿清華(やまがせいか)の作の「北京万寿山図」綴織
 万寿山は北京の西北にある清朝の離宮
 1953年(皇紀2613)昭和28年に新調される

 画家ユエの下絵で、フランスで18世紀に製作された「水辺の会話」のゴブラン織
 1978年(皇紀2638)昭和53年に購入された

 <水引>
 フランスより輸入された毛綴(タペストリ)

 旧水引は、孔雀や鳳凰、鶴、麒麟などを禽獣金絲(きんじゅうきんし)で精巧に刺繍したもの
 1872年(皇紀2532)明治5年に購入されたもの

 <欄縁>
 四君子(蘭・・梅・竹)の彫刻
 1976年(皇紀2636)昭和51年に新調された

 <隅房金物>
 三階松の金厚彫




【その他】

 <お守り>
 白楽天は、高名な詩人で有能な官僚でもあり、悪疫除けと学業成就のお守りが授与される

 <町名>
 江戸時代中期まで
 茶人 松本宗悟の屋敷があったので「松本町」と称されていた

 <前懸の毛綴(タペストリ)の経緯>
 16世紀(1580年から1620年頃)にベルギー ブリュッセルの職工 ニケイズ・アエルツによって製作された5枚シリーズ
 江戸時代初期に輸入されたものといわれる

 5枚のうち2枚は、会津藩から加賀藩・江戸幕府へ
 文化・文政年間(1804年〜1830年)の頃
 残りの3枚が、会津藩から天寧寺で、換金のため売却され、その1枚が鯉山に、他の2枚も裁断され、それぞれ買いとられた

 1枚目:「トロイア王子パリスとスパルタ王妃ヘレネ−の出会い」
   金沢前田育徳会の壁掛
 2枚目:「トロイア王子へクトールと妃アンドロマケー、息子アスチュアナクスの別れ」
   鶏鉾の見送幕・霰天神山の前懸・長浜曳山祭の鳳凰山の見送幕
 3枚目:「トロイア王プリアモスと王妃カペーの祈り」
   鯉山の見送幕・前懸・胴懸・水引
 4枚目:「アキレウスのもとにヘクトールの遺体返還を求めるプリアモス王」
   東京芝増上寺の壁掛だったが、1909年(皇紀2569)明治42年に焼失
 5枚目:「トロイア陥落図」
   白楽天山の前懸・大津祭の月宮殿山の見送幕・大津祭の龍門滝山の見送幕


【白楽天山へのアクセス】

 市バス 四条烏丸 徒歩数分
 阪急電車 烏丸駅 徒歩数分
 地下鉄 四条駅 徒歩数分

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