保津八幡宮(ほづはちまんぐう)

正式名称:八幡宮社

所在地:亀岡市保津町宮ノ上   ちず丸地図情報

祭神:応神天皇

 保津八幡宮(ほづはちまんぐう)は、亀岡市東部の保津町にある神社

 亀岡駅から保津川桂川)の保津橋を渡り500mほどのところ右手にある

 保津八幡宮からさらに800mほど奥にある請田神社が、一時期、保津八幡宮に遷座されたことがあり、その頓宮がおかれている

 請田神社の例大祭の宵宮では、保津八幡宮と合同で「保津の火祭」が行われる

【保津八幡宮の歴史・経緯】

 創祀は不詳

 現在の地からさらに800mほど奥にある式内社 請田神社が集落から遠いため、集落内の現在の地に遥拝所が設けられていた

 戦国時代
 1563年(皇紀2223)永禄6年
 請田神社が、兵火によって社殿や文献が焼失し、遥拝所(現在の保津八幡宮)に遷座される

 江戸時代初期
 寛永年間(1624年〜1644年)
 請田神社が、元の地に戻される

 大洪水によって北桑田郡細川村(現在の右京区京北細野町)にあった八幡宮の御神体が、桂川を下り保津の地に流れ着く

 1636年(皇紀2296)寛永13年
 当地の豪族 村上氏が、遥拝所跡地に保津八幡宮を創建し、細川村の八幡宮の御神体を祀り、
 境内に、請田神社の頓宮を再建し、分霊が祀られる




【保津八幡宮の境内】

 鳥居から正面に本殿、左手に拝殿、右手に請田神社の頓宮がある

 本殿の北側は小高い丘のようになっていて、旧別当寺神護院の鐘楼が建っている

 <鳥居>

 <本殿>
 鳥居から正面にたつ
 一間社春日造、銅板葺
 亀岡市内の寺社で春日造はとても珍しいといわれる
 寛永13年(1636年)の建立といわれる

 <拝殿>
 入母屋造、桟瓦葺


 5社の祠に右から
 <貴船神社>
 <集神社>
 <多賀神社>
 <稲荷神社>
 <籠神社>

 <山王日吉社>


 <請田神社頓宮(京都府指定文化財)>
 一間社流造


 <鐘楼(京都府指定文化財)>
 北側の丘にある
 旧別当寺の神護院の遺構

 <陣屋跡>
 北側の丘にある
 旧別当寺の神護院の遺構
 湯立神事の窯を据える2つの火床がある


 <楠(クスノキ)(亀岡の名木)>
 本殿と社務所の間に立っている
 樹高約20m、胸高幹周5.2m
 地上5mほどのところで大きく4幹に分岐し、根元はふくれ気味で一部空洞がある

【保津八幡宮の祭事】

 <保津の火祭り>
 期日:請田神社例祭日の宵宮
 五穀豊穣を祈願して行われる
 保津八幡宮と請田神社を、68基の高張り提灯を持った行列が往復する

 頓宮前では、火が焚かれ「あつい・あつい」と言いながら、行列が火のまわりを3回廻って奉持物を神前に納める
 この火にあたると、その年の健康を約束されると言われている

 68基の高張り提灯の行列は、花傘・太鼓・榊・剣鉾神宝・行灯なども持ち、
 太鼓を叩く赤熊(しゃぐま)と榊持ちの子どもたちが、はやし声を交わしながら進んでいく

【保津八幡宮へのアクセス】

 JR山陰本線(嵯峨野線) 亀岡駅から約1.0km、徒歩約15分

 保津バス停から徒歩約3分

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