保元の乱(ほうげんのらん)

日時:1156年(皇紀1816)保元元年7月

場所:白河北殿
  (京都市左京区丸太町東大路通聖護院山王町付近)   地図情報

首謀:後白河天皇と崇徳上皇

 保元の乱(ほうげんのらん)は、平安時代末期に、鳥羽法皇の院政下において、崇徳上皇と後白河天皇とが対立し、
後白河天皇側が上皇側に奇襲を仕掛け、崇徳上皇の勢力を一掃した事件


 朝廷の対立が武士の力で解決したことや、数百年ぶりに死刑が行われことで、大きな衝撃を与えた

 乱の後、平清盛が後白河院と結び優位な地位を固め、武士勢力に政権の途を開くことになる

【保元の乱の歴史・経緯】


【主な陣営】

 <天皇側>
 後白河天皇
 藤原忠通(関白)・藤原信西・藤原実能
 源義朝・平清盛・源頼政・源義康(足利義康)・平重盛・平基盛・源義平

 <上皇側>
 崇徳上皇
 藤原頼長(左大臣)・藤原教長
 源為義・源頼賢・源為朝・源頼憲・平忠正・平長盛

【その他】

 <保元物語>
 保元の乱を題材にした軍記物文学、全三巻
 作者不明
 鎌倉時代に書かれたとされる

 <雨月物語の小説「白峰」>
 保元の乱で敗れた崇徳上皇の亡霊を題材にした怪談
 上田秋成の著
 江戸時代に書かれた

 <与謝蕪村の俳句>
 鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな


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