源頼光(みなもとのよりみつ)(Minamotono Yorimitsu)

生年:948年(皇紀1608)天暦2年
没年:1021年(皇紀1681)治安元年年7月19日

鎮守府将軍 源満仲の長子
母親:嵯峨源氏の近江守源俊の娘

妻:伊予守藤原元平の娘、中納言平惟仲の娘など

子:源頼国、源頼家、源頼基、源永寿、源頼昭など
娘婿:藤原道綱

清和源氏の三代目
摂津源氏の初代

 源頼光(みなもとのよりみつ)は、 平安時代中期の武将

 清和源氏の三代目で、
 父親 源満仲が初めて武士団を形成した摂津国多田の地を相続し、摂津源氏の初代とされる

 藤原道長に仕え、大江山の鬼退治や、土蜘蛛退治の京都の故事が残る

【源頼光の歴史・経緯】


【源頼光の鬼退治の伝説】

 朝廷に反抗する地域の強者(つわもの)や、盗賊・無頼の徒などが「鬼」とされたり、
先住民を「土蜘蛛」と称して、魔物退治に見立てたといわれる故事が残っている

 <四天王>
 源頼光とともに、鬼・土蜘蛛を退治した4人
 渡辺綱・碓井貞光・卜部季武・坂田公時

 <大江山の鬼 酒呑童子
 「酒呑童子(しゅてんどうじ)」は、日本最強の妖怪(鬼)とされる
 先祖代々から比叡山に住んでいたが、伝教大師 最澄に追い出され、大江山に住み着いたといわれる
 茨木童子など多くの鬼を従え、御殿に住み、たびたび京都に出現し、貴族の姫を誘拐して側に仕えさせたり、切り殺し生のまま喰ったりしたといわれる

 勅命を受けた源頼光と四天王たちが、鬼の仲間だといって近づき、
勧められた人間の血の酒や人肉を一緒に食べて安心させ、
神の化身から、兜とともにもらった「神便鬼毒酒」を酒呑童子に飲ませて体の自由を奪い、切り殺したといわれる
 酒呑童子の切り取られた首が、源頼光の兜に噛み付いたといわれる

 日本の鬼の交流博物館で伝説に関する展示が行われている

 <東向観音寺蜘蛛塚
 源頼光が原因不明の熱病で寝込んでいたところ、土蜘蛛に襲われ、銘刀膝丸で斬りつけた
 四天王の渡辺綱らが、血のあとをたどって追って行くと、北野に大きな塚があり、
そこから現れた大きな山蜘蛛を退治したといわれる

 <上品蓮台寺の頼光塚>
 蜘蛛塚と同じ故事の土蜘蛛が潜伏していた塚

 <羅城門の鬼>
 平安京の凱旋門でもあった南門
 暴風雨により倒れ、再建されることもなく荒廃し、盗賊や無頼の徒などの棲家となっていた

 夜な夜な現れて人を食う鬼が住み着いており、
 四天王の渡辺綱が見回りに行ったところ、後ろから兜を掴まれ、
振り向きざまに斬り払うと、鬼の腕をだけが残っていた
 その腕を持ち帰り、安倍清明の指示で、精進潔斎をしていたところに、
渡辺綱の叔母の姿に化けた鬼が、斬られた腕を取りかえしに現れ、退治したといわれる

 謡曲「羅生門」の題材にもなっている


【京都検定 第4回1級】

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