楠木正成(くすのきまさしげ)(Masashige Kusunoki)

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将

生年:生年不詳  1294年(皇紀1954)永仁2年頃
没年:1336年(皇紀1996)延元元年/建武3年5月25日
享年:43推定

父親:楠木正遠といわれる
母親:橘盛仲の娘

幼名:多聞丸
通称:兵衛尉、正成
神号:南木明神
別称:大楠公(だいなんこう)

官位:従五位上、贈正一位
官職:河内国・和泉国・摂津国守護

墓所:観心寺(大阪府河内長野市)

 楠木正成(くすのきまさしげ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将

 後醍醐天皇の側近として名和長年、結城親光、千種忠顕らとともに「三木一草」と称され、鎌倉幕府を倒し、
 建武の新政では多くの役職に就く


 足利尊氏の反逆後は、京都奪還などで活躍し、南朝軍の一翼を担い、湊川の戦いで足利尊氏軍に破れて自害した

【楠木正成の歴史・経緯】

【楠木正成ゆかりの地】

 <石清水八幡宮
 御文庫裏および神楽殿北側のクスノキ(京都府指定天然記念物
 楠木正成が、戦勝軍利を祈願して、多くの楠の木を植えた
 大きなものは根周り約18m、樹高約30mになる

 <禅華院
 楠木正成が信仰していたいわれる圓通観音を所蔵している

 <一乗寺下り松
 石碑「大楠公戦陣蹟」が立っている
 後醍醐天皇が、足利尊氏から京都を奪回するときに、後醍醐天皇軍の楠木正成が陣所を置いた跡を示すもの

【その他】

 <時代祭の時代行列
 「楠公上洛列」として一つの隊列で登場する
 紫末濃(むらさきすそご)の大鎧に、兵庫鎖太刀に、豹の鞘を持つ
 足利尊氏は、後醍醐天皇を吉野に追いやった「逆賊」として時代行列に加えられていなかったが、
2006年(皇紀2666)平成18年に「室町時代列」が新設された


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