京都府知事・京都市長(Prefectural Governor of KYOTO)

 明治維新時代
 政治的に重要な都市だった、京都市・大阪市・東京は、市制特例により、市長は府知事が兼任していた

【京都府知事】

 <初代 長谷信篤(ながたにのぶあつ)>
 1868年(皇紀2528)慶応4年〜1875年(皇紀2535)明治8年7月
 藤原氏の子孫高倉家生まれ、桓武平氏の子孫
 明治新政府の参与、議定などを経て任命される
 松田道之、槇村正直らを起用して事業を行う

 <第2代 槇村正直
 1875年(皇紀2535)明治8年7月〜1881年(皇紀2541)明治14年1月
 長州藩生まれ
 1868年(皇紀2528)明治元年、維新政府の役人として京都府に着任
 1871年(皇紀2531)明治4年に、京都府大参事となり、有識者を重用して、京都近代化政策を行う
 日本初の小学校、舎密局勧業場女紅場などを設立

 <第3代 北垣国道(きたがきくにみち)
 1881年(皇紀2541)明治14年1月〜1892年(皇紀2552)明治25年7月
 但馬国生まれ
 勧業政策に重きを置いたが、槙村時代の強権手法と異なり、府会や府民も巻き込みながら老練に府政を推進した
 琵琶湖疏水建設、京都商工会議所の創設
 内務次官、北海道庁長官を経て、晩年は「静屋」と号して京都で過ごす

 <第4代 千田貞暁(せんださだあき)>
 1892年(皇紀2552)明治25年7月〜1893年(皇紀2553)明治26年11月

 <第5代 中井弘(なかいひろし)>
 1893年(皇紀2553)明治26年11月〜1894年(皇紀2554)明治27年10月
 滋賀県知事時代は、北垣国道とともに琵琶湖疏水建設にあたる
 「京都三大問題(平安遷都千百年紀念祭、第四回内国勧業博覧会、京都舞鶴間鉄道の建設)」を推進

 <第6代 渡辺千秋(わたなべちあき)>
 1894年(皇紀2554)明治27年10月〜1895年(皇紀2555)明治28年10月
 京都三大問題の実現に尽力する


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