定朝(じょうちょう)(Jyoucyou)

平安時代後期の仏師

生年:不明
没年:1057年(皇紀1717)天喜5年8月1日

父親:仏師 康尚(こうしょう)

お墓:上品蓮台寺

 定朝(じょうちょう)は、平安時代後期に活躍した仏師
 寄木造技法を完成し、優美で均整ある和洋彫刻を生み出し「定朝様」と称された

 朝廷や藤原家の造仏を手がけ、法成寺の諸堂の造仏などに尽力し、仏師として初めて法橋・法眼の位を得た

 平等院の鳳凰堂に安置されている阿弥陀如来像(国宝)は唯一の現存作品とされる

【定朝の歴史・経緯】

【定朝の作品】

 <木造 丈六阿弥陀如来坐像(国宝)
 藤原頼通の発願の平等院鳳凰堂の本尊
 1053年(皇紀1713)天喜元年の完成
 定朝の現存する唯一の作品
 平安時代後期の藤原様式の最高傑作といわれる

 全体にバランスが良くとれた自然なプロポーションで、像高283.9cm
 定印(じょういん)を結び、八重の蓮華台座上に結跏趺坐(けっかふざ)する

 切れ長の眼を半眼に開き、眉や眼の線も穏やかで、頬はふっくらと丸味があり、
親しみ深くしかも気品に溢れている
 頭・胸・腹・膝の各部も、豊かでほのかな抑揚で穏やかに均衡が保たれている
 頭部の螺髪(らほつ)は細かい粒で整然とまとめられ、衣文の彫りも深くなく軽快な起伏で柔かく表現されている

 数個の檜材を組み合わせ、頭部・体部の基本部をつくり、内側から入念な内刳りが施されている典型的な寄木造

 漆箔仕上、金箔がよく残り、金色燦然としている

 後に仏師たちが「仏の本様(手本)」として継承した様式の具体例とされる

 華麗な透彫りに飛天を配した光背(飛天光)は、木造漆箔の二重円光で、
中央二重円相部には雲文が浮彫りされ、外縁部には雲煙と八躯の飛天が透し彫りされている

 天蓋は、長方形の大天蓋の内側に、さらに円形の花蓋が取り付けられ、
いずれも精巧な金色の宝相唐草文の透彫りが施されている

 反花などに宝相華を浮彫りする九重の蓮華座など、仏像の周囲の荘厳な飾りなど総合的に定朝様式とされる

 <雲中供養菩薩像(うんちゅうくようぼさつぞう)>
 平等院鳳凰堂の長押(なげし)に懸けられている52躯
 雲上の蓮華座にあるいは楽器を奏で、軽やかで変化に富んでいる
 定朝とその弟子たちの作

 <鳳凰>
 平等院鳳凰堂の屋根の2体
 定朝とその弟子たちの作

【定朝の作といわれるもの】

 <阿弥陀如来像>
 法界寺(裏寺町)の本尊
 上品上生の定印を結び、結跏趺坐する
 像高 82.4cm

 <丈六地蔵菩薩坐像>
 仲源寺  「仲源寺略縁起」によると
 1022年(皇紀1682)治安2年
 定朝が、「末代衆生済度」のために、38ヶ月を経て丈六の地蔵菩薩を作り上げ、
自ら護持していた聖徳太子作の地蔵菩薩をその像内に込め、四条大橋の東北に祀ったといわれる

 <地蔵菩薩立像(重要文化財)>
 六波羅蜜寺の元本尊
 彩色に切金を混用し、左手に頭髪を持った珍しい仏像で「鬘掛地蔵」と称される

 <地蔵菩薩坐像(重要文化財)>
 善願寺  定朝様の桧材の寄木造、京都市内最大級の像高268.2cmの丈六像
 1156年(皇紀1816)保元元年頃
 平重衡(平清盛の五男)の安産を祈願して七条仏所の定朝により作られたといわれる
 腹部に腰紐で結んだ下衣が見え、腹帯に似ているところから「腹帯地蔵さん」と称される
 右手は手のひらを上にして膝に乗せ、左手には宝珠をささげ持っている
 安産祈願の信仰を集めている

 <引接阿弥陀如来>
 金光寺の本尊
 空也上人が、花山天皇の念持仏を賜ったものいわれる

 <阿弥陀如来像>
 西岸寺の本尊

 <聖観世音菩薩(しょうかんのんぼさつ)>
 円通寺の本尊

【その他】

 <定朝様(じょうちょうよう)
 定朝の以前の平安時代前期の彫刻は、中国の影響を強く受けた古代彫刻の余韻を残し、
唐風から抜け出し、和様化への道を模索し試行を重ねていた時代
 定朝は、密教系・木彫系・木心乾漆系・檀像系などの多彩な彫刻様式を集大成し、
和様の仏像彫刻の一典型を完成した

 「尊容満月の如し」と賞讃され、藤原時代を象徴する典雅な様式

 彫りが浅く平行して流れる衣文、瞑想的な表情など、平明で優雅な仏像は、「仏の本様」と称された

 仏像の周囲の荘厳な飾りなど総合的に定朝様式とされる

 <寄木造
 定朝は、一本の木を素材とする一木造から、数本の木を組み合せて造る寄木造の手法を生み出した
 寄木造は、多数の仏師が同時に仕事に取りかかり、一度に多くの巨像造りが可能になり、
運搬も簡易になり画期的な造仏法だった

 <仏師
 定朝は、大仏師・小仏師などの制度を整備したといわれ、
仏師の世襲や流派が次第に定まっていったといわれる

 <仏所>
 定朝は、寺院に所属し造仏を行ってきた仏師が、独立した仏所を設けて弟子たちを擁し多くの造仏を行うという
システムを造り上げた
 定朝の仏所はきわめて大規模であったといわれる

 1026年(皇紀1686)万寿3年8月から10月
 藤原道長の娘 中宮威子のご出産祈祷のため等身の仏像27躯の造立を、
21人の大仏師と105人の小仏師を率いて行ったといわれる

 定朝の息子 覚助が七条仏所を率い、高弟の長勢は三条仏所を開く

 <僧綱位(そうごうい)>
 定朝は、仏師として初めて僧侶の位であった法橋(ほっきょう)と法眼(ほうげん)という
僧綱位(そうごうい)を受けた
 仏師の社会的地位や名誉を確立する革新的な役割も果たしたとされる

 <お墓>
 上品蓮台寺
 廬山寺


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