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京都の彫刻(ちょうこく)
Sculpture in Kyoto

 京都の彫刻も、仏教伝来とともに発展する

 神像も、仏教彫刻の影響のもとに創り始められたもの

平安時代以前】

 <木造弥勒菩薩半跏像(国宝)(広隆寺)>
 広隆寺に2体ある弥勒菩薩半跏像のうちの通称「宝冠弥勒」の像
 右手を頬に軽く当て、思索のポーズを示す弥勒像
 霊宝殿の中央に安置されている
 「国宝第1号」に指定された日本に所在する仏教彫刻のうち最も著名なものの1つ
 像高は約123cm
 アカマツ材の一木造
 作風などから朝鮮半島からの渡来像といわれ、7世紀頃に作られたものといわれる
 韓国ソウルの国立中央博物館にある金銅弥勒菩薩半跏像と様式がよく似ている
 下腹部等にわずかに金箔の痕跡が残り、当初は金銅仏に近い外観であったことが推定される

 <木造弥勒菩薩半跏像(国宝)(広隆寺)>
 広隆寺に2体ある弥勒菩薩半跏像のうちの通称「泣き弥勒」の像
 一見、沈うつな表情で右手を頬に当てた様子が泣いているかのように見える顔立ちから称される
 霊宝殿に安置されている
 宝冠弥勒と同様のポーズをとり、像高はやや小さい
 飛鳥時代仏像彫刻の典型であるクスノキ材で作られている

 <木造不空羂索観音立像(国宝)(広隆寺)>
 講堂に安置されていたもので、現在は霊宝殿に安置されている
 奈良時代末期〜平安時代初期の作

 <毘沙門天三尊像(国宝)(鞍馬寺)>
 木造毘沙門天立像(国宝)、木造吉祥天立像(国宝)、木造善膩師童子立像(国宝)
 霊宝殿の3階に安置されている

平安時代初期】

 金属や塑像(そぞう)、乾漆(かんしつ)による造像は姿を消して、一本彫りや寄木造が主流になる
 用材としては、檜材が主用材となる

 <木造薬師如来立像(国宝)(神護寺)>
 金堂の本尊で、仏教信徒により造立されたものといわれる
 像高約170cmの一木造で、唇に朱を、眉と瞳などに墨を塗るほかは彩色などを施さない素木仕上げの像である
 衣文などに平安時代初期特有の様式が見られ、平安時代ごく初期の制作と思われる
 檜材が用いられており、これ以来、檜材が主用材となる

 <木造僧形八幡神坐像1躯(国宝)、女神坐像2躯(国宝)、附・武内宿禰坐像(国宝)(東寺)>
 平安初期の日本の神像の最古作例の八幡三神像で鎮守八幡宮に安置されている

 <密教彫刻>
 空海によって本格的な密教彫刻が創り出される

 <東寺の講堂の須弥檀>
 東寺は、密教美術の宝庫となっている
 空海は、大日如来を中心に、金剛界の五仏、不動明王を主尊とする五大明王、五菩薩、梵天・帝釈天像を配置し、曼荼羅図を立体的に表現した
 安置されている21体の密教彫像のうち15体が国宝に指定されている
 堂内中央の五仏(五智如来)(重要文化財)
 向かって右(東方)の木造五大菩薩坐像(中尊像(重要文化財)を除く4躯が国宝)
 向かって左(西方)の木造五大明王像(国宝)
 東西端の木造梵天・帝釈天像(国宝)  壇上四隅には木造四天王立像(国宝)
 これらは官営の仏師によって創られている

 <木造不動明王坐像・天蓋(国宝)(東寺)>
 大師堂(御影堂)の南側に安置されている
 空海の念持仏とされる
 日本の不動明王像としては最古の1つで、厳重な秘仏となっている

 これ以降、皇室や貴族によって次々と寺院が創建されるようになり、密教的な造形が見られるようになる

 <木造五大虚空蔵菩薩坐像(国宝)(神護寺)>
 空海の没後、弟子の真済(しんぜい)が、宝塔を建て安置した秘像
 塔内向かって右から金剛虚空蔵(緑青)、蓮華虚空蔵(赤)、法界虚空蔵(白)、業用(ごうよう)虚空蔵(黒)、宝光虚空蔵(黄)の順に横一列に坐す
 本尊薬師如来立像と同様に平安時代初期の作品だが、作風は穏やかで、技法も異なっている
 基本的には一木造だが、表面には厚く乾漆を盛り上げ、彩色が行われている

 <木造阿弥陀如来坐像(国宝)(広隆寺)>
 講堂の本尊
 承和年間(834-848年)の作で、高さ2.6m

 <木造千手観音立像(国宝)(広隆寺)>
 講堂に安置されていたもので、現在は霊宝殿に安置されている
 平安時代初期の作

 <木造兜跋毘沙門天立像(とばつびしゃもんてん)(国宝)(東寺)>
 もと平安京羅城門の楼上に安置されていた唐時代の像で宝物館に安置されている
 都七福神めぐりの一つ

 <阿弥陀三尊坐像(国宝)(清凉寺)>
 棲霞寺の本尊といわれている

 <十一面観音立像(国宝)(六波羅蜜寺)>
 空也上人の自刻といわれる平安時代の作
 秘仏で、本堂中央の厨子に安置されている

平安時代中期】

 唐様彫刻から和風彫刻が完成していく

 <木造阿弥陀如来坐像(国宝)(平等院)>
 中堂(国宝)の本尊
 大仏師 定朝(じょうちょう)の確証ある唯一の遺作としてきわめて貴重なもの
 定朝は、和様彫刻様式の大成者で、寄木造技法の完成者として日本彫刻史上名高い仏師
 定朝様式
 定朝の都風の優美な作風は、「仏の本様」と称されて、平安時代の貴族にもてはやされ、以後の仏師の模倣になる

 <法金剛院の阿弥陀如来像(重要文化財)>
 平安時代後期
 1130年(皇紀1790)大治5年の作
 仏師 院覚(いんかく)の現存する唯一の作
 木造漆箔、像高2.2mを超え、蓮弁の彫刻がみごとな大作で、西御堂(丈六阿弥陀堂)の本尊だった
 定朝様式の優美な装飾が加えられた像
 平等院法界寺とともに、「定朝の三阿弥陀」と称される

 <観音信仰>
 阿弥陀の本願を表す三十三観音への信仰が広まり、三十三所巡りへと展開する
 泉涌寺の楊貴妃観音像は、観音信仰の代表的な作例

 <木造阿弥陀三尊像(国宝)(仁和寺)>
 金堂の本尊だったもの、現在は、霊宝館に移されている

 <不動明王像(国宝)(曼殊院)>
 日本の三不動の一尊で「黄不動」と称される

平安時代後期】

 <釈迦如来立像および像内納入品(国宝)(清凉寺)>
 本尊で、「然(ちょうねん)が宗から持ち帰った立像
 古代インドの優填王(うてんおう)が釈迦の在世中に栴檀(せんだん)の木で造らせたという由緒を持つ霊像を模刻したもの
「インド〜中国〜日本」と伝来したことから「三国伝来の釈迦像」と称されている
 さらに、この釈迦像の模造が、奈良 西大寺本尊像をはじめ、全国に100体近くあり「清凉寺式釈迦像」と称される
 縄目状の頭髪や同心円状の衣文の形式など異国情緒あふれる仏像
 胎内には、造像に係わる資料、経典、文書、銭貨、「然の遺品など多くの「納入品」が納められていた
 納入品の一つである絹製の内臓の模型「五臓六腑」は、医学史の資料としても貴重なもの
 「然の遺品として、生誕書付(臍の緒書き)や手形を捺した文書なども発見された

 <木造十二神将立像(国宝)(広隆寺)>
 霊宝殿に安置されている
 1064年(皇紀1724)康平7年、仏師 長勢の作

 <雲中供養(うんちゅうくよう)菩薩像51躯(国宝)(平等院)>
 鳳凰堂中堂の長押(なげし)上の壁を飾る浮き彫りの菩薩像
 飛雲に乗り、阿弥陀如来とともに来迎する菩薩像を表わしたもので、琴、笛、琵琶、太鼓などの楽器を奏で舞いを舞う姿の像が多い
 全部で52体あるが、うち51体が国宝に指定されている
 指定外の1体は、国宝指定後に堂外から発見されたものといわれている
 本尊の阿弥陀如来像と同様に、1053年(皇紀1713)天喜元年の作とされるが、補修はかなり多く、
頭部が明治時代の修理で補作されているもの、像全体が鎌倉時代の補作であるものが数体ある
 当初に全部で何体あったのかは不明

 <阿弥陀三尊坐像(国宝)(三千院)>
 往生極楽院の本尊
 阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊が西方極楽浄土から亡者を迎えに来る(来迎)形式の像で、
両脇侍の観音菩薩、勢至菩薩が大和坐り(やまとずわり)(日本式の正座)をしている珍しい像
 脇侍の勢至菩薩像像内の銘文から平安時代末期の1148年(皇紀1808)久安4年の作と分かる

 <阿弥陀如来坐像9体(国宝)(浄瑠璃寺)>
 平安末期の作
 中尊は、像高約2.2m、左右に各4体ずつ一列に安置される
 残り8体は、像高約1.4m、左右の8体はほとんど同形であるが、作風には微妙な違いが見られる
 「九品往生(くほんおうじょう)思想」に由来して、横に細長い本堂(国宝)に9体の阿弥陀如来像が一列に安置されている
 「九品往生」とは、「観無量寿経」に説かれる思想で、極楽往生への方法には、
仏の教えを正しく守る者から極悪人まで、9つの段階・種類があるという考え

 <四天王立像(国宝)(浄瑠璃寺)>
 平安時代の作で、当初の彩色文様がよく残っている
 4体のうち広目天は東京国立博物館に、多聞天京都国立博物館に寄託されている

 <木造薬師如来坐像(国宝)(仁和寺)>
 本坊北側にある霊明殿(仁和寺の歴代門跡の位牌を祀る堂)の秘仏の本尊
 1986年(皇紀2646)昭和61年
 京都国立博物館の調査で初めて開扉されて、明らかになり、国宝に指定された
 1103年(皇紀1763)康和5年
 平安時代末期、覚行法親王(白河天皇の皇子)の発願により仏師の円勢と長円が造像したもの
 本体の像高11cm、光背と台座を含めても24cmほどの小像
 光背には、七仏薬師像と日光・月光菩薩、台座には前後左右各面に3体ずつの十二神将を表わす
 白檀材(びゃくだんざい)で造られている

 <阿弥陀如来坐像(国宝)(法界寺)>
 阿弥陀堂の本尊
 平安時代後期の作
 像高2.8mの巨像
 仏師 定朝の様式を受けた定朝様の典型的な作

鎌倉時代

 <木造聖観音立像(重要文化財)(鞍馬寺)>
 鎌倉時代の定慶(じょうけい)の作

 <木造 弘法大師坐像(国宝)(東寺)>
 大師堂(国宝)の北側に安置される
 鎌倉時代 1223年(皇紀1883)貞応2年 運慶の4男 康勝の作
 この像は庶民の信仰を広く集めており、毎朝6時に「お大師様」に朝食を捧げる「生身供」(しょうじんく)が像の前で行われ、多くの参拝者が集まっている

 <千手観音坐像(国宝)(三十三間堂)>
 本尊(中尊)
 檜寄木造漆箔玉眼
 鎌倉時代 1254年(皇紀1914)建長6年
 仏師 湛慶の82歳の時の名作

 <風神雷神像(国宝)(三十三間堂)>
 鎌倉時代の名作
 堂内の両端にひときわ高い雲座(くもざ)に乗る
 風雨を司り、五穀豊穣をもたらす神々として信仰される

 <二十八部衆像(国宝)(三十三間堂)>
 鎌倉時代の名作
 観音像の前列と、中尊の四方に立つ
 千手観音とその信者を守る神々で、インドが起源のもが多い
 檜材の寄木造り、手や顔を別々に彫刻され、漆を塗って彩色仕上げされる
 目には、水晶をはめ込む「玉眼(ぎょくがん)技法」が用いられる

【安土桃山時代

 <親鸞聖人御影像(国宝)(西本願寺)>
 「鏡御影(かがみのごえい)」と「安城御影」がある

京都の仏師

 <京仏師の工房>
 定朝の後に、京仏師の工房ができあがる
 覚助(かくじょ)の七条仏所、長勢(ちょうせい)の三条仏所、院助(いんじょ)の七条大宮仏所などが著名


【京都検定 第5回3級】


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