世阿弥(ぜあみ)(Zeami)

室町時代初期の猿楽者猿楽作者

生年:1363年(皇紀2023)正平18/貞治2年
没年:1443年(皇紀2103)嘉吉3年8月8日

父親:観阿弥猿楽者

実名:元清(もときよ)
幼名:鬼夜叉
通称:世阿弥元清(ぜあみもときよ)
摂政 二条良基から「藤若」の名を賜る

 世阿弥(ぜあみ)は、大和猿楽四座の一つ結崎座(ゆうざき)の出身で後の観世座の祖である観阿弥の息子

 父親の観阿弥とともに将軍 足利義満の保護を受け猿楽能を幽玄の芸術として大成し、多くの書を残した
 父親の死後、観世大夫を継が、足利義満の死後は排斥され、晩年には佐渡に配流される
 観阿弥、世阿弥の猿楽能は観世流として現代に受け継がれている

【世阿弥の歴史・経緯】


【世阿弥のゆかりの地】

 <醍醐寺
 興福寺から京都へ進出し、醍醐寺で7日間の興行をして有名となる
 清滝宮の楽頭職も勤めた

 <新熊野神社
 将軍 足利義満との出会いの場所

 <観世稲荷>
 観世屋敷跡
 観世水の井戸がある

 <金閣寺
 将軍 足利義満の命により、たびたび猿楽能を演じた

 <大徳寺塔頭真珠庵
 供養塔がある

【その他】

 <名前「世阿弥」の由来>
 時宗の法名「世阿弥陀仏号」が省略されて「世阿弥」と称される
 「世」は、観世に由来する
 「阿弥陀仏」は、時宗の男性につけられる法名
 「世」が「ぜ」と発音されるのは、足利義満の命によるものといわれる

 <作品>
 猿楽能における脚本である謡曲(節と詞)を50曲近く残している
 「風姿花伝」「至花道」「金島書」「高砂」「井筒」「実盛」など

 <著書
 風姿花伝
 父親の観阿弥の遺訓にもとづいて書いた最初の能楽論書

 花鏡
 猿楽能の芸術論を集成し、長男の観世元雅(かんぜもとまさ)に授けた秘伝書

 「至花道」「九位」「世子六十以後申楽談儀」「花習内抜書」「音曲口伝」「二曲三体人形図」
 「三道」「曲付次第」「風曲集」「遊楽習道風見」「五位」「九位」「六義」「拾玉得花」「五音曲条々」
 「五音」「習道書」「夢跡一紙」「却来華」「金島書」「金春大夫宛書状」など


【京都検定 第1回3級】

47.物まね主体の大衆能を、歌舞主体の幽玄能へ洗練し、能の芸術性を高めた観阿弥の子は誰か?

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【京都検定 第4回3級】

【京都検定 第7回3級】

【京都検定 第2回2級】

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【京都検定 第4回1級】

【京都検定 第7回1級】

【京都検定 第9回1級】


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