古今和歌集(こきんわかしゅう)(Kokin Wakasyuu)

古今和歌集(こきんわかしゅう)

八代集・二十一代集の第一の勅撰和歌集

勅命:醍醐天皇

巻数:20巻
歌数:1111首

 古今和歌集(こきんわかしゅう)は、醍醐天皇の勅命によって、国家事業として編成された初めての勅撰和歌集

 「万葉集」にもれた古歌や、それ以降の秀歌が収められる

 「古今和歌集」によって王朝和歌の美的感覚が定義されたといわれる

 宮廷の他、くらぶ山(鞍馬山)や、雲林院、志賀の山越え、花山など洛中洛外で詠まれた歌も多い

 「枕草子」によると
 古今和歌集を暗唱することが平安時代中期の貴族にとって教養とみなされたことが記されている
 平安時代中期の国風文化の確立にも大きく寄与する

【古今和歌集の歴史・経緯】


【古今和歌集の撰者】

 御書所預 紀貫之
 大内記 紀友則
 右衛門府生 壬生忠岑(みぶのただみね)
 前甲斐少目 凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

 紀友則は、撰進中に亡くなり、その後は紀貫之が中心となって編成された
 何度も繰り返し手が入れられ精撰されたといわれる

【古今和歌集の部立(ぶだて)】

 全20巻
 歌数 1111首
 長歌5首、旋頭歌4首が含まれ、残りはすべて短歌

 <分類>
 春(上下巻)、夏、秋(上下巻)、冬
 賀、離別、羇旅(きりょ)、物名(もののな)
 恋(5巻)、哀傷、雑、雑体、大歌所御歌
 に分類されている

 この分類が古今和歌集で確立され、和歌の分類の規範となり、以降の勅撰和歌集に継承される

 <仮名序・真名序>
 古今和歌集の巻頭
 「やまと歌は人の心をたねとして」と書き出され、和歌の本質や歴史が記されている
 我が国最初の歌論といわれ、以後の和歌界に大きく影響する
 「仮名序」は、紀貫之によって平仮名で書かれている
 「真名序」は、紀淑望(きのよしもち) によって漢文で書かれている
 内容はほぼ同じ

 「近き世にその名きこえたる人」として6人を挙げて、その歌の評価がされ、それぞれの欠点が指摘されている
 この6人は、後に「六歌仙」と称されるようになる
 僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主

【古今和歌集の歌風】

 歌風は、優美で、女性的な繊細なものが多く、七五調・三句切れが基本
 縁語、掛詞(かけことば)などの修辞技巧も多用されている

 勅撰された歌は、大きく三つの時代に分かれる

 <読み人知らず時代>
 850年(皇紀1510)嘉祥3年頃まで
 作者不明の時代
 「万葉集」から「古今和歌集」への過渡的な歌風で、素朴でおおらかな五七調の歌が多い

 <六歌仙(ろっかせん)時代>
 850年(皇紀1510)嘉祥3年〜890年(皇紀1550)寛平2年頃まで
 万葉集の歌風がなくなり、七五調が優勢になり、縁語、掛詞などの華麗な表現技巧が発達する

 <古今集撰者時代>
 890年(皇紀1550)寛平2年〜905年(皇紀1565)延喜5年頃
 歌合や贈答歌などの宮中文化が歌に反映されている
 表現技法が洗練されて、技巧的な歌ができてきて、比喩、掛詞などが多く使われるようになる

【古今和歌集の主な歌人】

 <撰者>
 紀貫之(きのつらゆき)
 紀友則
 壬生忠岑(みぶのただみね)
 凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)

 <六歌仙(ろっかせん)>
 在原業平
 僧正遍昭
 文屋康秀(ぶんややすひで)
 喜撰法師
 小野小町
 大伴黒主(おおとものくろぬし)

 その他

 <素性法師(そせいほうし)
 三十六歌仙の一人
 36首入集し、歌数第4位
 「見渡せば 柳桜を こきまぜて みやこぞ春の 錦なりける」など

 <藤原関雄
 「おく山の いわがき紅葉 散りぬべし 照る日の光 見る時なくて」
 永観堂が建立される以前にその地に住んでいた

 <平貞文
 「うき世には門させりとも見えなくになどかわが身の出でがてにする」
 など9首

 <菅原道真
 「秋風の 吹き上げに立てる 白菊は 花かあらぬか 浪のよするか」
 「このたびは ぬさもとりあへず たむけ山 紅葉の錦 神のまにまに」

 伊勢(いせ)
 藤原兼輔
 など


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