<等持院>
牧野省三(まきのしょうぞう)の銅像
「日本映画の父」と称された日本で最初の職業的映画監督・映画プロデューサ
1907年(皇紀2567)明治40年
日本で最初の時代劇映画「本能寺合戦」が製作される
1921年(皇紀2581)大正10年6月
等持院の境内に、京都で唯一の寺院内の撮影所を建設する
<鴨川公園葵地区(左京区下鴨宮河町)>
尾上松之助(おのえまつのすけ)の胸像
幼少から舞台に立ち、一座を率いて岡山市を中心に旅興行をしているところで
牧野省三に派手な演技をかわれ、横田商会撮影所に招かれる
「碁盤忠信(ごばんただのぶ)」で映画に初出演し、英雄・豪傑・立ち廻り・忍術ものなど多数の牧野監督作品に出演
愛称「目玉の松ちゃん」
<二条城撮影所跡>
1910年(皇紀2570)明治43年
横田永之助の横田商会により開設された京都で最初の撮影所
二条城の南西の櫓(やぐら)の下の約300坪の土地に、二間四間の低い板敷の舞台を設置し、
開閉自由の天幕で覆われていた
牧野省三が、尾上松之助とコンビを組んで、京都で最初に制作された作品「忠臣蔵」が撮影される
<二尊院>
阪東妻三郎(ばんどうつまさぶろう)のお墓
1916年(皇紀2576)大正5年
片岡仁左衛門(かたおかにざえもん)の門下として大阪中座で初舞台を踏む
その後、映画に転じ、従来の剣戟役者(けんげきやくしゃ)と異なる虚無的なタイプで人気を得た
1927年(皇紀2587)昭和2年
阪妻プロ(ばんつまぷろ)を創立
太秦に、最初の撮影所を建てる(現在の東映撮影所)
<三吉稲荷(さんきちいなり)(大映通り)>
牧野省三顕彰碑が立っている
1928年(皇紀2588)昭和3年
日活撮影所の建設が始まったときに、大映通り沿いに三吉稲荷が創建される
多くの映画人が参拝に訪れたといわれる
<東映太秦映画村(うずまさえいがむら)>
東映京都撮影所内にある
1975年(皇紀2635)昭和50年
映画の製作過程を公開展示するテーマパークとして開設される
約3万m2あり、時代劇オープンセット・映画文化館・映画資料館・映画実験室などの施設がある
<真如堂>
1908年(皇紀2568)明治41年
日本で最初の時代劇映画「本能寺合戦」が撮影される
<京都文化博物館>
1988年(皇紀2648)昭和63年10月
京都の歴史と文化をわかりやすく紹介する総合的な文化施設として開館する
京都府が推進するフィルムライブラリー事業により、映画の「図書館」として
京都で撮影された映画フィルムと映画関連資料が収集され保存されている