頼山陽(らいさんよう)(Rai Sanyou)
名前:頼山陽(らいさんよう)
生年:1780年(皇紀2440)安永9年12月27日
没年:1832年(皇紀2492)天保3年9月23日
息子:頼三樹三郎(安政の大獄で処刑)
頼山陽(らいさんよう)は、江戸時代後期の歴史家・儒学者・陽明学者・漢詩人・文人
【頼山陽の歴史・経歴】
【山紫水明(さんしすいめい)】
「山紫水明(さんしすいめい)とは」、「山は紫色に、水は明るく、日に映えて美しい」と、美しい自然の景色を形容する語
京都を形容する代表的な表現
山は東山
水は
鴨川
<
山紫水明處(国の史跡)>
1828年(皇紀2488)文政11年
頼山陽が、自宅の水西荘の庭に建てた草堂風の書斎
鴨川沿いにあり、「日本外史」はここで執筆されたといわれる
草堂風の建物
小さな床の間がある四畳半の座敷・二畳の書斎・一畳の水屋・板の間・廊下
鴨川と東山の眺望が素晴らしいところ
頼山陽は、「黄樹青林(こうじゅせいりん)小欄(しょうらん)に対し、最も佳し(よし)山紫水明の間(かん)」と詠った
(わが家の小欄(手すり)の向こうに、紅葉した樹や青く茂る森があり最も美しい山水の場所である)
所在地:
京都市上京区東三本木通丸太町上ル南町
アクセス:市バス 河原町丸太町 徒歩1分
【主な著書】
<日本外史>
幕末維新の尊皇攘夷運動に大きな影響を与えたといわれる
<通議>
経済論
<日本政記>
頼山陽の死後、門人の石川和介が頼山陽の遺稿を校正した書
伊藤博文の愛読書といわれる
<山陽詩鈔>
【その他】
<
長楽寺>
頼山陽のお墓がある
【京都検定 第3回3級】
【京都検定 第6回3級】
【京都検定 第5回2級】
【京都検定 第8回1級】