京都府下には、重要文化財の建造物が、545棟ある(全国1位)
そのうち、国宝が、60棟ある(奈良県の70棟に次ぎ全国2位、3位は滋賀の23棟)
(2005年2月現在)
<神社の建築様式>
<寝殿造(しんでんづくり)>
平安時代に完成した、貴族の住まいの建物の様式
<武家造(ぶけづくり)>
鎌倉時代
貴族の寝殿造を簡略化した様式で武士の住居が造られるようになる
室町時代
現在の和風住宅洋式の基礎が成立する
足利義満の邸宅は、まだ寝殿造の面影を留めていた
応仁の乱の前後の足利義政の邸宅は、「初期の書院造」と称され、
畳を敷き詰め、障子戸を用い、床の間などの座敷飾りが造られるようになる
<主殿造(しゅでんづくり)>
足利義政の東山殿には、主殿と呼ばれる常御所が造られ
主殿造の様式の武家住宅が造られるようになる
<書院造(しょいんづくり)>
安土桃山時代
身分の序列を厳格にして権力者の威厳を建物でも示すために、「書院造」の様式が完成していく
織田信長の安土城や、豊臣秀吉の大坂城などにおいて、家臣は城下町に住むように命じられ、
武家屋敷なども発達したことが狩野永徳の洛中洛外図屏風などからうかがえる
江戸時代には、書院造の邸宅が定着していく
<数奇屋造(すきやづくり)>
江戸時代
茶室のもつ自由で創造的な建築手法を茶室以外に取り入れた建物や住宅が造られるようになる
代表例
・後水尾上皇が造営した修学院離宮
・八条宮智仁親王(としひとしんのう)、智忠親王(としただしんおう)親子が造営した桂離宮
京町家は、一般に通りに面して隣家と接して立ち並ぶ庶民の住宅
ほとんどが木造で、畳のある部屋が主体となっている
現存する京町家のほとんどは、明治時代以降に、伝統的様式を継承して復興されたものである
明治10年代
大学の開学とともに、近代洋風建築が建てられ始める
東海道が通る三条通から、室町通、四条通、烏丸通に近代洋風建築が広がっていく
大正時代
煉瓦造から鉄筋コンクリート造になる
<ゼツェッション様式>
ウィーンの装飾の多い建築様式が、京都でいち早く取り入れられる
<同志社大学 アーモスト館(重要文化財)>
1932年(皇紀2592)昭和7年の建立
宣教師で来日した建築家 ウィリアム・メレル・ヴォーリズによる
<京都駅ビル>
1997年(皇紀2657)平成9年
平安遷都1200年記念事業として、約4.1haが特定街区の指定を受けて、四代目の京都駅ビルが竣工
高さ59.8m、東西の長さ470mの建築物
ビルの中央部には、1200年の「歴史」と「京都盆地」をイメージさせる171段の大階段がある
<革島外科医院(国登録有形文化財)>
<旧京都中央電話局(京都市登録有形文化財)>
現在は、商業施設「新風館」として活用されている
<旧京都織物会社本館>
現在は、京都大学東南アジアセンターの事務・図書室棟になっている
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