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書院造(しょいんづくり)
Syoin Zukuri

 「書院造」は、室町時代中期以降に成立した住宅の様式

 床の間、押板、違い棚、付書院などの座敷飾りを備えた建物

 書院は、禅僧が書を読むために、室内から張り出して、床板を机とし、明かり障子などを置いたものだった
 床の間、押板や違い棚は、書画や置物などを飾る場所として造られる

 室町時代初期
 足利義政が銀閣寺の東求堂に書斎、同仁斎を造る
 四畳半の小さな一間で、付書院と棚を備え、畳を敷き詰めたもので、現在の和風住宅の原型ともいえる

 室町時代後期
 寺院の書院や、武家屋敷に、床の間や棚、書院を備えるものが造られるようになり、次第に書院造の形式が整えられていく

 安土桃山時代
 書院造が、身分序列を表すものとして確立していく
 織田信長の築いた安土城、豊臣秀吉が建てた大坂城や聚楽第には、狩野派による華麗な壁画が描かれ権力者の威勢が示された

 江戸時代
 二条城二の丸書院
 1624年(皇紀2284)寛永元年から徳川家光のための大改造が行われている
 将軍が対面を行う場所として、諸大名の席次が厳格に定められる

 現在でも、床の間の位置によって「上座」「下座」などと座席位置が決められるが、
これは床の間での位置関係が身分序列の確認をする役割を果たしていたことを示している

 庶民の住宅には、床の間は贅沢であるとして規制されていた
 ただし、名主クラスの有力者は、代官を迎えるような場合に備え、床の間を許されることもあり、
このような座敷飾りが、村落内での権威を表すものとなっていた

 明治時代
 身分による建築統制は撤廃され、一般住宅にも床の間が作られるようになる

【代表的な書院造】

 <銀閣寺の銀閣(国宝)>
 かつて山荘東山殿の池庭に点在した建物の一つの観音殿
 正式名称:東山山荘観音殿
 現存する東山殿の遺構で貴重なもの(もう一つが東求堂(とうぐどう)のみ)
 重層方形造で、平面的には長方形で正面8.2m、奥行7.0m  東向きの二層の楼閣
 初層の心空殿(しんくうでん)は、和様の住宅風
 上層の潮音閣(ちょうおんかく)は、観音像を安置する禅宗様仏堂
 書院造が取り込まれており、東山文化の代表的建築物
 庭には多くの名石、名木が配され、建材にも贅を尽くされている

 <銀閣寺の東求堂(国宝)
 1486年(皇紀2146)文明18年の建立
 現存する東山殿の遺構で、足利義政時代は、阿弥陀三尊を本尊とする持仏堂だった
 方形の大きさは3間半四方の建物で、池に面した南向き
 正面左は、方2間の仏間
 書院造の初期形態として貴重なもの
 右奥の東北の四畳半の室は、同仁斎(どうじんさい)と称する足利義政の書斎
 北側の付書院(つけしょいん)と違い棚(ちがいだな)は、座敷飾として、現存最古の遺例

 <西本願寺の書院(国宝)>
 1630年(皇紀2290)寛永7年頃に建立
 南側の対面所と、背後の白書院からなる代表的な書院造
 対面所は、渡辺了慶の筆とされる障壁画で飾られ、欄間に鴻の彫物があることから「鴻の間」とも称される
 白書院は、三室からなり、門主との公的な対面の間
 対面所、白書院とも畳を一部上げることで、能舞台に転化できる

 <二条城の二の丸書院>

 <修学院離宮の客殿>
 1677年(皇紀2337)延宝5年に造営された東福門院後水尾天皇女御、徳川2代将軍秀忠娘)の女院御所の奥対面所を
 1682年(皇紀2342)天和2年に移築したもの
 客殿一ノ間の霞棚は、桂離宮の桂棚、醍醐寺塔頭三宝院の醍醐棚とともに「天下三棚」の一つ

 <桂離宮
 江戸時代初期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の文化の粋を今に伝えている
 回遊式の庭園は日本庭園の傑作とされる
 書院は書院造を基調に数寄屋造が採り入れられた代表事例

 <龍光院茶室 密庵(みったん)(国宝)>
 小堀遠州の作といわれる
 床、付書院、違い棚、張付壁があり書院造様式
 密庵床
 密庵禅師の墨蹟を掛けるために造られたといわれる書院床(付書院がある床)

 <醍醐寺の頭塔 三宝院表書院(国宝)>
 桃山時代書院造りの遺構として知られる

 <大覚寺の正寝殿(せいしょうでん)(客殿)(重要文化財)>
 桃山時代の書院造建築
 主室である「御冠の間」の帳台構の框(ちょうだいがまえのかまち)は、「嵯峨蒔絵」として著名
 障壁画は狩野山楽狩野探幽らの作である
 「狭屋の間(さやのま)」の明り障子の腰板に描かれた「野兎図」は、いろいろなポーズの兎が描かれた愛らしい動物画

 <勧修寺の書院(重要文化財)>
 江戸時代初期の書院造の典型的な建物
 明正天皇の旧御殿が下賜されて移築したもの
 土佐光起の作とされる襖絵「竜田ノ紅葉図」「近江八景図」がある

 <東福寺の竜吟庵>
 東福寺 三世住持 大明国師 無関普門の住居跡
 方丈(国宝)は単層入母屋造、こけら葺、室町時代の建物
 その正面は七間(約12.7m)、梁間は五間(約9m)、柱間中央に両開き板唐戸の入口を設け、両端の柱間には遣戸をはめ込むなど書院造に寝殿造風の現存最古の方丈建築

 <伏見稲荷大社の御茶屋(おちゃや)(重要文化財)>
 後水尾院から下賜されたものといわれる
 二部屋からなり、書院造から数寄屋造へ移る遺構の建物で貴重
 貴族好みのお茶屋の代表例


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