天台宗(てんだいしゅう)(TendaiSyuu)

密教の仏教

開祖:天台智者大師 智(ちぎ)

日本の宗祖:伝教大師 最澄

日本の開宗:805年(皇紀1465)延暦24年

 中国 隋の智が発祥し、最澄によって平安時代初期に日本に伝えられる

 「法華円宗」、「天台法華宗(てんだいほっけしゅう)」などとも称する

 天台宗の密教を「台密(たいみつ)」と称し、
 真言宗の密教を「東密(とうみつ)」と称される

【天台宗の教義】

 天台智者大師 智(ちぎ)は、長年にわたる膨大な経典を研究した結果、
釈迦が70数歳にして最後の段階で説かれた「法華経」が、最高の教えであるとの結論を得る

 智は、法華経を中心とした修行によって、法華三昧(ほっけざんまい)を発得(ほっとく)する
 「法華三昧の発得」とは、一心に修行をすることにより高度の宗教経験を得ることをいう

 智は、鳩摩羅什(くまらじゅう)が訳した「妙法蓮華経」を最もすぐれた経典とし、
「法華経」、「摩訶般若波羅蜜経」、「大智度論」、「涅槃経」に基づいて教義を組み立て、
「法華経」の解釈として「法華玄義(ほっけげんぎ)」、「法華文句(ほっけもんぐ)」、「摩訶止観(まかしかん)」の天台三大部を書く

 鳩摩羅什の訳した法華経は、現存するサンスクリット本とはかなりの相違があり、
天台宗の重んじる方便品第二は、鳩摩羅什の自身の教義として改変されているといわれる

 天台山に宗派の礎ができた後、涅槃宗を吸収して天台宗が確立した

【日本の天台宗】

 平安時代初期
 804年(皇紀1464)延暦23年
 伝教大師 最澄が中国 唐に渡り、当時、開山2世紀を経て中国では時代遅れとなっていた天台山に登り、
その教えを受ける
 805年(皇紀1465)延暦24年に帰国
 延暦寺(えんりゃくじ)にて天台法華宗(てんだいほっけしゅう)の確立を行う

 このとき、日本には、中国では天台宗以降に新しく成立した宗派である法相宗や華厳宗などの南都六宗が既に伝えられていた

 最澄は、法華経に全ての仏教が統一されるという「一乗思想(いちじょうしそう)」を説き、
 日本の天台宗は、「円(えん)密(みつ)禅(ぜん)戒(かい)」と4つの内容を合わせた総合仏教だった

 806年(皇紀1466)大同元年1月26日
 天皇の勅許により開宗が認められる

 822年(皇紀1482)弘仁13年
 最澄は、奈良の旧仏教から完全に独立して、延暦寺において独自に僧侶を育てることができるように
大乗戒壇(だいじょうかいだん)を設立することが生涯の念願だったが、果たせずに死去する
 最澄の没後7日後、大乗戒壇設立の勅許を得る

 <教義>
 「草木国土に至るまで仏陀の生命の顕われである」とする仏性(ぶっしょう)の開発に努め、
自利利他のため現実世界に仏界を実現することを教義とする

 最澄は、法華経を中心としながらも、朝題目・夕念仏という一般向けの行法を広めたり、天台密教(台密)などの加持も行い、
さらに本覚思想(ほんがくしそう)を確立して総合的宗派となることによって基盤を固めた
 「本覚」とは、もとより悟りを開いているという意味で、「全ての人は煩悩をもったままで仏の悟りを開ける」という

 最澄は、戒律にも関心を持ち、受戒儀式を行うための戒壇を延暦寺に設けるために奔走し、
 延暦寺は、大乗戒壇を備えた数少ない寺院であり、日本の仏教教育の中心の一つとなった
 「大乗戒」とは、在家信者のための戒律
 奈良時代の仏教では、僧侶は、小乗戒と称される戒律を受けることが必要だった

 平安時代中期
 第18世天台座主 慈恵大師 良源を中興として発展する

 <八宗兼学>
 平安時代末期から鎌倉時代にかけて
 天台教学は、「八宗兼学」といわれ、新しい宗旨を唱える学僧を輩出した
   日蓮宗の開祖 日蓮上人
   浄土宗の開祖 法然上人
   浄土真宗の開祖 親鸞聖人
   臨済宗の開祖 栄西禅師
   曹洞宗の開祖 道元禅師
   智真、時宗の開祖 一遍上人
   天台宗空也派の創始 空也上人
   天台宗真盛派の創始 慈摂大師 真盛上人
   鎌倉新仏教といわれる禅宗の開祖など

 日本仏教史上著名な僧の多くが、若い頃には比叡山 延暦寺で修行していることから、
 「日本仏教の母山」とも称されている

 2006年(皇紀2666)平成18年1月26日
 延暦寺の根本中堂で、開宗1200年の節目を記念する「祥当法要」が行われ、
 天台座主や全国の僧侶が集まって天台声明が唄われる

【天台宗の寺院】

 穴太寺   (あなおじ)    (亀岡市) 西国三十三所観音霊場第21番札所
 延暦寺   (えんりゃくじ)  (大津市) 比叡山全域 最澄 北嶺-山門 根本中堂(東塔) 八宗兼学 にない堂 織田信長の焼討ち
 愛宕念仏寺 (おたぎねんぶつじ)(右京区) 石造千二百羅漢 あたご本地仏火除地蔵菩薩
 元慶寺   (がんけいじ)   (山科区) 花山天皇が出家
 願徳寺   (がんとくじ)   (西京区) 国宝如意輪観音菩薩半跏像
 観音寺   (かんのんじ)   (下京区) 三寶大荒神 護浄院
 北向山不動院(きたむきざんふどういん)(伏見区)鳥羽離宮跡 鳥羽上皇勅願寺
 清荒神   (きよしこうじん) (上京区) 護浄院 火の守護神
 革堂    (こうどう)    (中京区) 行願寺 行円上人-皮聖 西国三十三所観音霊場第19番尼寺札所 都七福神(寿老神)
 護浄院   (ごじょういん)  (上京区) 清荒神 火の守護神
 金蔵寺   (こんぞうじ)   (西京区) 西岩倉 今昔物語 桂昌院
 西圓寺   (さいえんじ)   (左京区)
 三十三間堂 (さんじゅうさんげんどう)(東山区) 蓮華王院 後白河上皇 平清盛 柳のお加持 築地塀 湛慶-千手観音坐像 風神雷神像
 三千院   (さんぜんいん)  (左京区) 天台宗三門跡 薬師如来 華厳音愛の手水鉢 阿弥陀三尊像 観音菩薩,勢至菩薩-大和坐
 実光院   (じっこういん)  (左京区) 勝林院の僧院 旧普賢院庭園 旧理覚院庭園 不断桜
 寂光院   (じゃっこういん) (左京区) 平家滅亡後、建礼門院が隠棲 [平家物語]ゆかり
 遮那院   (しゃないん)   (左京区) 三千院塔頭
 十輪寺   (じゅうりんじ)  (西京区) 業平寺 在原業平 腹帯地蔵尊 鳳輦形本堂 塩釜跡 花山法皇の禅衣観音
 将軍塚青龍殿(しょうぐんづか せいりゅうでん)(山科区) 青蓮院門跡の別院 青不動明王
 将軍塚大日堂(しょうぐんづか だいにちどう)(山科区) 青蓮院門跡の別院 桓武天皇
 照高院   (しょうこういん) (左京区) 十三門跡(宮門跡)
 勝持寺   (しょうじじ)   (西京区) 花の寺 西行桜(三代目) 歌僧西行ゆかり
 勝林院   (しょうりんいん) (左京区) 法然上人と大原談義 念仏の衆生済度の証拠の阿弥陀 天台声明の根本道場
 青蓮院   (しょうれんいん) (東山区) 粟田御所 天台宗三門跡 青不動 一文字型手水鉢 クスノキの大木
 浄蓮華院  (じょうれんげいん)(左京区) 三千院塔頭 良忍上人の住房
 真如堂   (しんにょどう)  (左京区) 市内の天台宗本堂として最大規模 紅葉の名所 洛陽六阿弥陀めぐり
 赤山禅院  (せきざんぜんいん)(左京区) 延暦寺の別院 鬼門除けの猿 へちま加持 都七福神(福禄寿)
 善願寺   (ぜんがんじ)   (伏見区) 腹帯地蔵 榧の木不動尊像
 双林院   (そうりんいん)  (山科区) 毘沙門堂塔頭 山科聖天
 二尊院   (にそんいん)   (右京区) 発遣-釈迦如来 来迎-阿弥陀如来 二体の本尊 藤原定家ゆかり
 毘沙門堂  (びしゃもんどう) (山科区) 天台宗五箇室門跡 毘沙門枝垂桜 晩翠園
 補陀洛寺  (ふだらくじ)   (左京区) 小町寺 小野小町の墓所 深草少将の供養塔
 方広寺   (ほうこうじ)   (東山区) 徳川家康が豊臣家の滅亡の引き金になった鐘
 宝泉院   (ほうせんいん)  (左京区) 勝林院塔頭 天台声明 みごとな五葉の松と竹林、梅、紅葉の名所
 法伝寺   (ほうでんじ)   (左京区) 真如堂塔頭 ダ枳尼天
 曼殊院   (まんしゅいん)  (左京区) 竹内門跡 黄不動 枯山水庭園 茶室八窓席 古田織部,小堀遠州好み 梟の手水鉢
 妙法院   (みょうほういん) (東山区) 天台宗三門跡 綾小路御所 ポルトガル国印度副王信書
 山科聖天  (やましなしょうてん)(山科区) 毘沙門堂塔頭 双林院
 善峯寺   (よしみねでら)  (西京区) 西国三十三所観音霊場第20番札所 西山宮門跡 桂昌院の再興 遊龍松(天然記念物)
 来迎院   (らいごういん)  (左京区) 円仁 声明の発祥地 呂川,律川
 蓮華王院  (れんげおういん) (東山区) 三十三間堂 後白河上皇 平清盛 柳のお加持 築地塀 湛慶-千手観音坐像 風神雷神像
 蓮華寺   (れんげじ)    (左京区) 池の寺 蓮華寺型石燈籠 朱子学者 木下順庵が再興
 蓮成院   (れんじょういん) (左京区) 三千院塔頭
 六角堂   (ろっかくどう)  (中京区) 頂法寺 へそ石 池坊


【京都検定 第5回3級】


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