日本の宗祖:道元
中国の禅宗五家(臨済、?仰、曹洞、雲門、法眼)の1宗派
日本における禅宗(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗、普化宗)の1つ
「曹洞」の名前は、中国の洞山良价(とうざんりょうかい)と、弟子の曹山本寂(そうざんほんじゃく)の頭文字からとられる
鎌倉時代
1223年(皇紀1883)貞応2年
道元が、中国 宋に渡り、天童山で曹洞宗の長翁 如浄(にょじょう)に師事し、法脈が伝えられる
1226年(皇紀1886)嘉禄2年に帰国する
道元は、自らの教えを「正伝の仏法」であるとして宗派を否定していたが、
興福寺から迫害を受けた日本達磨宗の一派と一緒になり禅宗を称えるようになった
宗派の呼称として「曹洞宗」を用いるようになったのは、第四祖 瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)の頃からである
同じ禅宗の臨済宗が朝廷や幕府の庇護を受けて政治・文化に重んじられたのに対し、
曹洞宗は、地方豪族や一般民衆に広まった
道元を、高祖 承陽大師(じょうようたいし)、
宗団を開創した瑩山紹瑾を、太祖(たいそ)常済大師(じょうさいたいし)と称する
<教義>
「正伝の仏法」を伝統とし、「南無釈迦牟尼仏」として釈迦を本尊と仰ぎ、「即心是仏」の心をもって、主に坐禅により働きかけることを宗旨とする
曹洞宗の坐禅は、中国禅の伝統と異なり、「無限の修行こそが成仏であるという」道元の主張「修証一如」に基づいて、
ひたすら坐禅すること「只管打坐(しかんたざ)」で真実の自己、仏性に目覚め、他をも目覚まさせるところにある
臨済宗の、悟りのための坐禅「公案工夫(こうあんくふう)」ではない
道元の著書「正法眼蔵」には、仏教全般について記されている
<大本山>
永平寺と総持寺
岩屋寺(いわやじ) (山科区) 大石寺 大石良雄の隠棲,遺髪塚 北垣国道の碑 山科義士まつり
源光庵(げんこうあん)(北区) 復古禅林 円形と角形の,悟りの窓と迷いの窓 稚児井戸 血天井
興聖寺(こうしょうじ)(宇治市) 曹洞宗の最初の寺院で修行道場 琴坂 宇治七名園 宇治十二景
詩仙堂(しせんどう) (左京区) 徳川家康の側近 石川丈山の隠居所 三十六詩人 添水[山田の僧都]鹿おどし
宗仙寺(そうせんじ) (下京区) 有栖川宮家御祈願所
天寧寺(てんねいじ) (北区) 会津に創建 額縁門 東福門院の念仏仏-薬師如来 金森宗和の墓