泉涌寺(せんにゅうじ)(SennyuuJi)



所在地:京都市東山区泉涌寺山内町   地図情報

真言宗泉涌寺派の総本山の寺院

山号:東山(とうざん)または泉山(せんざん)

本尊:釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三尊

創建:神修上人

開山:月輪大師俊丈(がちりんだいししゅんじょう)

洛陽三十三所観音巡礼第二十番札所(楊貴妃観音菩薩) 第二十一番札所へ

通称:御寺(みてら)

 泉涌寺(せんにゅうじ)は、東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に建つ真言宗泉涌寺派総本山の寺院

 寺院の東の丘陵には、鎌倉時代の後堀河天皇・四条天皇から、江戸時代幕末に至る歴代天皇の陵墓月輪陵(つきのわりょう)がある、
日本で唯一の皇室の御香華院(ごこうげいん)(菩提所)として「御寺(みてら)」と称されている

 8月上旬の百日紅(さるすべり)、10月中旬〜11月の菊の花の名所



【泉涌寺の歴史・経緯】



【泉涌寺の伽藍】

 泉涌寺の伽藍はすべて宋風に造られ、現在の伽藍は、寛文年間(1661年〜1673年)の復興による

 総門から、参道の左右にいくつかの塔頭があり、長い参道の先に大門が立つ

 大門をくぐると、すぐ左手に楊貴妃観音堂がたち、正面には伽藍の中心をなす仏殿、舎利殿があり、
これらの背後に霊明殿、御座所などが立つ

 <仏殿(ぶつでん)(重要文化財)>

 <舎利殿>

 <楊貴妃観音堂>

 <霊明殿(れいめいでん)>

 <御座所>

 <庭園>

 <大門(重要文化財)>

 <海会堂(かいえどう)>

 <開山堂(重要文化財)>

 <開山塔(石造無縫塔)(重要文化財)>

 <石造無縫塔 2基(重要文化財)>

 <月輪御陵

 <月輪御陵遙拝所>

 <心照殿>

 <泉涌水屋形>

 <清少納言の歌碑
 仏殿わきには、有名な清少納言の百人一首の詩の歌碑
 「夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」が建っている



【泉涌寺の塔頭

 <今熊野観音寺

 <戒光寺

 <新善光寺

 <来迎院

 <雲龍院

 <即成院

 <善能寺

 <悲田院

【泉涌寺の寺宝】

  <木造聖観音菩薩坐像(重要文化財)>
 通称「楊貴妃観音」
 楊貴妃観音堂に安置されている
 1255年(皇紀1915)建長7年
 月輪大師の弟子 湛海律師が、中国 南宋から月蓋長者立像・韋駄天立像・羅漢像の木像と一緒に請来したもの
 玄宗皇帝が、亡き楊貴妃を偲んで香木で等身座像を造らせたものといわれる
 寄木造り、宝冠は、宝相華唐草の透かし彫り、手には極楽の花の宝相華を持つ
 100年に一度だけ公開される秘仏で、彩色が剥奪せずに見事に残っている
 1955年(皇紀2615)昭和30年  請来から700年目から一般公開されている

 <三尊仏>
 本尊、仏殿に安置されている
 過去・現在・来世を表わす釈迦如来・阿弥陀如来・弥勒如来の3体の如来像
 運慶の作

  <絹本着色道宣律師 元照律師像>
  <絹本着色俊丈律師像>

  <木造 韋駄天立像と木造伝 月蓋長者立像(がつがいちょうじゃ)(重要文化財)>
 舎利殿に安置されている
 南宋時代に造られたもので、楊貴妃観音と一緒に中国 南宋から請来されたもの

  <泉涌寺勧縁疏(かんえんそ)(国宝)>
 1219年(皇紀1879)承久元年
 月輪大師が、荒廃していた仙遊寺を「泉涌寺」と改名して再興するために人々から喜捨を募るために書いた趣意書
 後鳥羽上皇が上覧され、筆跡・用紙が美麗なことをほめて多額の寄付をなされた
 泉涌寺建立の起源に係わる歴史上重要な文書であり、書道作品としても優れている

 附法状
 月輪大師が、死去される前月に、弟子の心海に自らの法を嗣いだ証明として書き与えたもの

 <仏牙舎利(釈尊の歯)>
 舎利殿に安置されている
 月輪大師の弟子 湛海が、南宋慶元府の白蓮寺から請来したといわれる

  <太刀 銘大和則長>
  <中御門天皇宸翰大円覚心照国師号勅書>
  <法華経10巻>





【泉涌寺の祭事】

 <修正会>
 1月1〜3日

 <泉山七福神めぐり(せんざんひちふくじんめぐり)>
 1月成人の日
 山内の塔頭七福神が祀られていている
 あずきがゆや、こぶ茶、甘酒などがもてなされる
  1番 即成院の福禄寿
  2番 戒光寺の弁財天
  3番 観音寺の恵比須神
  4番 来迎院の布袋尊
  5番 雲龍院の大黒天
  6番 悲田院毘沙門天
  7番 法音院の寿老人
  番外
  新善光寺の愛染明王
  泉涌寺 楊貴妃観音堂の楊貴妃観音

 <星供法要>
 2月節分

 <涅槃会
 3月14〜16日
 仏殿で日本最大の涅槃図が公開される

 <開山忌法要>
 4月1〜8日

 <盂蘭盆法要>
 7月14・15日

 <静寛院宮法要>
 9月2日
 藪内献茶式

 <舎利会法要>
 10月7・8日

 <解脱会法要>
 11月4日

 <泉涌寺窯もみじまつり>
 11月中旬〜下旬
 泉涌寺地区の50ほどの京焼・清水焼窯元が伝統産業の発展を目的として開催する
 泉涌寺から東福寺の間で、陶器市・イベント・工房見学などが行われる

 <結界諷経>
 12月31日



【泉涌寺の御詠歌】

 「ももたびも あゆみをはこぶ せんにゅうじ などやほとけも まんぞくにます」

【皇室の御香華院】

 泉涌寺は、皇室の菩提寺として「御寺(みてら)」と称されている

 鎌倉時代
 開山 月輪大師の布教により、朝廷の信仰も篤く、
後鳥羽上皇・土御門上皇・順徳上皇・守貞親王(後の後高倉上皇)らが月輪大師に帰依し受戒された

 1242年(皇紀1902)仁治3年
 四条天皇が僅か12歳にして崩御され、父親の後堀河天皇が泉涌寺山内の観音寺陵に奉葬されていたこともあり、
遺言により、月輪大師の御廟(開山堂)の近くに御陵が築かれた

 南北朝時代
 1374年(皇紀2034)文中3年/応安7年
 後光厳院が泉涌寺で火葬されてから、前後九代の天皇の火葬所に当てられる

 江戸時代
 後水尾天皇から孝明天皇にいたるまで、歴代天皇・皇后・皇族の廟所となり、
皇室の御香華院(御菩堤所)と定められていた

 <霊明殿(れいめいでん)>
 歴代の御尊牌が奉祀されており、朝夕に、御冥福と国家の安泰が祈願されている
 祥月御命日には、皇室の代理として宮内庁京都事務所からの参拝が行われる
 正面には、後西天皇の勅額「霊明」が掲げられている

【その他】

 <舎利(しゃり)>
 泉涌寺が舞台の能の演目

【泉涌寺へのアクセス】

 市バス 泉涌寺道 徒歩約15分
 JR 東福寺 徒歩約20分
 京阪電車 東福寺 徒歩約20分



【京都検定 第1回3級】

17.皇室とゆかりが深く、「御寺」と呼ばれ、皇室の香華院(菩提所)として知られている寺院はどこか?

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