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霊雲院(れいうんいん)
ReiunIn

所在地:京都市右京区花園妙心寺町

臨済宗妙心寺派の大本山妙心寺塔頭

開基:薬師寺備後守国長の室 霊雲院 清範尼(せいはんに)
    妙心寺二十五世 円満本光国師 大休宗休(だいきゅうそうきゅう)

勧請開祖:十二世 特芳禅傑(とくほうぜんけつ)(大寂常照禅師)

別称:狩野元信

 妙心寺四派本庵の一つ

 通常、非公開

【霊雲院の歴史・経緯】

 室町時代後期
 1526年(皇紀2186)大永6年
 細川家の重臣であった薬師寺一族の菩提を弔うために、
 帰依した薬師寺備後守国長の室 霊雲院 清範尼(せいはんに)の援助を得て、
大休宗休禅師(だいきゅうそうきゅうぜんじ)が、師 特芳禅傑(とくほうぜんけつ)を勧請開山として、自らは二世となり創建する

 1543年(皇紀2203)天文12年
 大休宗休禅師は、栂尾阿伽井房(とがのおあかいぼう)を移設して、方丈(ほうじょう)とし、隣に書院を建立する

 大休宗休禅師は、龍安寺の特芳和尚の弟子
 特芳和尚が死去した直後に、龍安寺塔頭西源院に移る

 後奈良天皇が、大休宗休禅師に深く帰依されて、しばしば行幸された

【霊雲院の伽藍】

 <書院(重要文化財)>
 1532年(皇紀2192)天文元年頃の建立
 一重切妻造柿葺
 三畳、五畳半棚附、四畳半床附
 後奈良天皇が、たびたび行幸されたといわれ、
 天皇の御座所「御幸の間」がある
 銀閣寺東求堂内の同仁斎とともに、東山時代の小さい書院の代表的な遺構
 狩野元信の障壁画がある

 <庭園(国の史跡名勝)>
 書院の南の庭園
 縮小蓬莱枯山水庭園
 狭い敷地に、枯滝と蓬来山水の構成を兼ねた石組
 室町時代
 相国寺慈雲庵の子建西堂(法号、是庵)の作庭といわれる

 <方丈>
 1543年(皇紀2203)天文12年
 栂尾の阿伽井房(あかいぼう)(十無尽院)を移築したもの

 <西田幾多郎のお墓>
 哲学者 西田幾多郎

【霊雲院の寺宝】

 <紙本水墨淡彩山水花鳥図、琴棋書画図(重要文化財)>
 書院の障壁画、合計49幅
 狩野元信(かのうもとのぶ)が、大休宗休禅師に参禅した余暇に描いたといわれる

【その他】

 国際禅交流友好協会の事務局が霊雲院に置かれている

【霊雲院へのアクセス】

 JR山陰本線 花園駅
 京福電車 妙心寺駅
 市バス 妙心寺北門前 下車すぐ
 京都バス 妙心寺前 下車


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