妙顕寺(みょうけんじ)(MyoukenJi)
正式名称:四海唱導妙顕寺(しかいしょうどうみょうけんじ)
所在地:
京都市上京区寺之内通新町西入ル妙顕寺前町
地図情報
日蓮宗京都十六本山の大本山
山号:具足山(ぐそくざん)
院号:龍華院
本尊:久遠実成本師(くおんじつじょうのほんし)釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)
開基:龍華樹院 日像上人(にちぞうしょうにん)
妙顕寺(みょうけんじ)は、日像上人(にちぞうしょうにん)が、関西における日蓮宗の最初の道場として創建された寺院
法華宗号の発祥とされる
妙覚寺・立本寺とともに「三具足山」と称される
【妙顕寺の歴史・経緯】
【妙顕寺の伽藍】
<本堂>
日蓮宗本堂の伝統的な平面形式、十五間四面
三宝諸尊が安置されている
1830年(皇紀2490)天保元年の上棟
瓦銘には、1839年(皇紀2499)天保10年とあり、この頃に完成したものといわれる
<三菩薩堂>
日蓮大聖人・日朗聖人・日像聖人の三祖を合祀している祖師堂にあたる建物
1358年(皇紀2018)正平13年/延文3年
妙顕寺第二世 大覚が行った雨乞いの効験により、宗祖 日蓮に「大菩薩号」、
開祖 日像と、その師 日朗に「菩薩号」が与えられ、三祖を合祀している祖師堂が、「三菩薩堂」と称される
<書院>
<客殿>
正面右手奥に天皇専用の玉座の間があり、そこで祈願をされていた
<龍華飛翔の庭>
客殿の前庭
「四海唱導の庭」とも称される
<光琳曲水の庭>
書院前庭
<孟宗竹林の坪庭>
<御真骨堂>
日蓮大聖人・日朗聖人・日像聖人の眞舎利を祀ったお堂
明治時代初期
妙顕寺第52世 福田日耀上人の代に再建される
<寿福院塔>
勅使門の右手に立つ十一層の大石塔
加賀藩主 前田利家の室 壽福院日栄の寄進
1628年(皇紀2288)寛永5年の建立
<勅使門>
<庫裡>
正面に立つ
<大玄関>
庫裡の右手に立つ
<梵鐘(京都府指定有形文化財)>
1713年(皇紀2373)正徳3年の鋳造
鐘楼は、
天明の大火焼失後に再建されたもの
1965年(皇紀2625)昭和40年
大門の東隅から、五重塔があった現在の地に移築された
<尊神堂>
安産や子供の守護神、最悪を除き福をもたらす鬼子母神が祀られている
天皇も参拝されたお堂で、「天拝鬼子母神堂」とも称される
<慶中大菩薩>
京都御所鎮護の守護神
願い事が必ず叶うといわれ、宮中に仕える女官たちに尊崇されていた
<妙見大菩薩>
国を守り、災いをなくし、人々の福寿を増す功徳があるといわれる神さんが祀られている
【妙顕寺の塔頭】
妙顕寺内には、
塔頭が九院ある
<
久本院>
豪商 茶屋四郎次郎の木像が安置されている
<
十乗院>
ハコ供養
<法音院>
<
恵命院>
<
善行院>
西陣の妙見宮
<
本妙院>
本妙院庭園(京都市指定名勝)
<
實成院>
<
教法院>
「妙顕寺北之方丈」とも称される
御題目庭園がある
<
泉妙院>
尾形光琳・尾形乾山兄弟のお墓がある
【妙顕寺の寺宝】
<妙顕寺文書(重要文化財)>
60巻、74幅、1,294通、蒔絵文書箱2合
<金字法華経 巻第五(重要文化財)>
<紙本墨書 後小松天皇宸翰御消息 2幅 (重要文化財)>
<神国王書(重要文化財)>
日蓮の筆
<強仁状御返事(重要文化財)>
日蓮の筆
<紙本金地墨画 楼閣山水図 六曲屏風(京都市指定有形文化財)>
狩野山楽の作
<
松竹梅図 三幅>
妙顕寺の檀信徒であった尾形光琳の現存する唯一の絵とされる
<紺紙金字 法華経(京都府指定有形文化財)>
<白紙金字 法華経(京都府指定有形文化財)>
<狩野永納筆 三幅對>
「古画備考」四十に、「永納三幅對、中天臺大師、左傳教大師、右日蓮上人、極彩色、賛元政」と、
漢詩人 元政の賛が記されている
【妙顕寺の祭事】
<新年祈祷会> 1月
<二の午 慶中様大祭> 2月
<法華千部会>
4月14日
後醍醐天皇より、「法華宗号」の勅願論旨を拝受した聖日
1334年(皇紀1994)建武元年4月14日
日像上人が、宮中に参内し、後醍醐天皇の御前で法華経の講義をされ、後醍醐天皇は喜ばれ勅願論旨を賜ったといわれる
<法華懺法会(後醍醐天皇聖忌会)> 6月16日
<盆施餓鬼法要> 8月10日
<宗祖御会式(開山日像菩薩御会式)> 11月13日
<冬至 除災祈祷会> 12月
<除夜の鐘撞> 12月大晦日
【妙顕寺へのアクセス】
地下鉄 今出川駅 徒歩約10分
市バス 堀川寺ノ内 徒歩約7分
【京都検定 第6回1級】