興臨院(こうりんいん)(KorinIn)
所在地:
京都市北区紫野大徳寺町
地図情報
臨済宗大本山
大徳寺の
塔頭
開基:畠山義総
開山:仏智大通禅師 小渓紹付和尚
興臨院(こうりんいん)は、紫野にある大徳寺(だいとくじ)の塔頭の一つ
戦国時代に能登の畠山義総により、畠山家の菩提寺として創建され、
その後、加賀百万石の基礎を築いた前田利家により改修が行われ、前田家の菩提寺となり庇護されてきた
【興臨院の歴史・経緯】
【興臨院の伽藍】
<方丈(重要文化財)>
一重入母屋造の桧皮葺
日本で最初の床の間といわれる
室中の上部が響き天井となっており、天井下で手をたたくと反響する
室町時代の方丈建築様式
屋内後列中央の仏間と、仏間裏の眠蔵(めんぞう)の構成を残す
狩野元信や土佐光信などの障壁画が飾られていたといわれる
1533年(皇紀2193)天文2年の再建
1581年(皇紀2241)天正9年
前田利家によって、屋根の葺替などの修復が行われる
<表門(重要文化財)>
一間一戸桧皮葺の平唐門
創建当初のもので
大徳寺の中でも古い門といわれ「興臨院の古門」と称される
<唐門(重要文化財)>
唐破風屋根が付いた桧皮葺
室町時代の禅宗建築様式
<涵虚亭(かんきょてい)>
古田織部(ふるたおりべ)好みの四畳台目に隅板を加えた中柱出炉下座床の
茶室
蘇東坡(そとうば)の詩から名付けられたといわれ、「涵(内容が豊かである)」「虚(中身が無くむなしい)」という意味をもつ
床の間は袖壁が出ているために洞の様に見える事から「洞床(ほらどこ)」と称される
<方丈前庭>
中国 天台山 国清寺の石橋を模して作庭され、
理想的な蓬莱世界を表したものといわれる
枯山水庭園
1975年(皇紀2635)昭和50年
方丈の解体修理の時に、資料を基にして、中根金作により復元されたもの
古代インドで経文を書写するために用いられていた葉の名木「貝多羅樹(ばいたらじゅ)」などが植えられている
<墓地>
畠山家歴代のお墓
久我大納言夫妻のお墓
【興臨院の寺宝】
<椿尾長鳥模様堆朱盆(重要文化財)>
長成作
【興臨院へのアクセス】
市バス 大徳寺前 徒歩約5分