金地院(こんちいん)(KonchiIn)
所在地:
京都市左京区南禅寺福地町
地図情報
臨済宗南禅寺派の南禅寺(なんぜんじ)の塔頭
本尊:地蔵菩薩
創建:南禅寺六十八世 大業徳基(だいごうとくき)
金地院(こんちいん)は、南禅寺の塔頭の一つで、勅使門の手前右側に位置する
庭園(国の特別名勝)は、小堀遠州の作で、「鶴亀の庭」と称される
徳川家康の側近として外交や寺社政策に携わり「黒衣の宰相」と称された南禅寺の中興開山の
以心崇伝(いしんすうでん)によって現在の地に移築され再興される
以心崇伝が、宗教界全体の取締りを行う僧録司(そうろくし)となり、以後、幕末まで金地院が僧録司の地位にあった
【金地院の歴史・経緯】
【金地院の伽藍】
<方丈(重要文化財)>
1611年(皇紀2271)慶長16年
以心崇伝が、
伏見城の一部を徳川家光から賜り、移築したもの
柿葺(こけらぶき)・
入母屋造・
書院造の代表建築
狩野探幽・
狩野尚信の襖絵で飾られている
<東照宮(重要文化財)>
本殿・石の間・拝殿の1棟
権現造
1628年(皇紀2288)寛永5年
以心崇伝が、徳川家康の遺言により創建し、徳川家康の遺髪と念持仏が祀られた
拝殿天井の鳴龍は、
狩野探幽の筆
三十六歌仙の額は、
土佐光起の筆
<開山堂>
以心崇伝の塔所
後水尾天皇の勅額を掲げる
左右両側に、十六羅漢像が安置されている
<明智門 >
1582年(皇紀2242)天正10年
明智光秀が、母の菩提のため大徳寺内に建立したもの
1868年(皇紀2528)明治元年
現在の地に移築される
<楼門>
<
鶴亀の庭(国の特別名勝)>
方丈南に位置する方丈前庭
以心崇伝が、徳川家光のために小堀遠州に作らせた庭
小堀遠州の作庭であることの詳細な資料が残っている唯一のもの
桃山時代の風格と格式の整った
江戸時代初期の
蓬莱式枯山水庭園で、代表的な
京都の庭園の一つ
庭いっぱいに鶴亀が向かい合う姿が表現されている
前面の白砂は、宝船と同時に大洋を表している
鶴島と亀島の中間に郡仙島を現した石が点在し、その奥の正面崖地には蓬莱連山を表わす三尊石組が置かれている
来訪者の万世を寿ぐ祝儀の庭とされ、華やかであり、禅寺としては珍しい庭とされる
1632年(皇紀2292)寛永9年の完成
<
茶室「八窓席(はっそうのせき)」(重要文化財)>
以心崇伝の依頼により、方丈北側の小書院に付設された茶席
小堀遠州(こぼりえんしゅう)の設計
貴人座、赤松皮付の床柱に黒塗框という取り合わせなど、
小堀遠州が好んだ三畳台目の典型的な
茶室
中柱に小壁をつけて下地窓をつけ、勝手窓を大きくとって席を明るくしている
にじり口には、外縁を設けるなど、珍しい手法が用いられている
創建当時には、名称の通り8つの窓があったが、明治時代の修築で6つとなった
襖絵は、
長谷川等伯筆の「猿猴捉月図」と「老松」
大徳寺孤篷庵の
忘筌席、
曼殊院の八窓席とともに京都三名席の一つ
<椎の樹(しいのき)>
金地院の西方の土塀の外側に立つ
ブナ科のツブラシイ
<くろがねもち>
東照宮の裏(南側)に立つ
モチノキ科のクロガネモチ
【金地院の寺宝】
<紙本墨画 溪陰小築図(けいいんしょうちくず)(国宝)>
1413年(皇紀2073)応永20年
南禅寺の僧 子璞(しはく)のために、知人が子璞の心の中の書斎を描いたとされる水墨画
詩画軸(掛軸の下方に絵を描き、上方にその絵と関わる漢詩文を書いたもの)の現存する最古の作品
<絹本着色 秋景冬景山水図(国宝)>
中国 北宋8代皇帝 徽宗(きそう)の筆といわれる水墨淡彩の風景画
山梨県久遠寺所蔵の「夏景山水図(国宝)」と、現在は失われてしまった「春景幅」とで、四幅一対の「四季山水」であったといわれる
<紙本墨画山水図(楼閣山水図)(重要文化財)>
狩野元信の作といわれる
<絹本墨画山水図(重要文化財)>
中国 元時代の画家 高然暉(こうねんき)の筆といわれる
<本光国師日記(ほんこうこくしにっき)(重要文化財)>
以心崇伝の日記
武家諸法度の起草や、豊臣家滅亡のきっかけとなった
方広寺の鐘銘事件などが克明に記されている
<武家諸法度草稿(重要文化財)>
以心崇伝の自筆の武家諸法度の草案
1615年(皇紀2275)慶長20年
徳川家康が、以心崇伝らに起草させる
文武の奨励、居城の新築禁止など大名が厳守すべき事項が定められた
<異国日記(重要文化財)>
異国渡海御朱印帳・異国近年御書草案
徳川家康の信任を受けて政治外交の顧問として活躍した以心崇伝の外交に関する
日記
<異国日記御記録雑記(重要文化財)>
<慶長十九年林道春及び五山衆試文稿(重要文化財)>
六曲屏風一双
<濃比須般国への返書案(重要文化財)>
以心崇伝の筆
<惟康親王願文(重要文化財)>
鎌倉幕府6代将軍 宗尊親王(嵯峨天皇の皇子)の没後100日の法要に際して、
その息子 7代将軍 惟康親王が行った法要の願文(がんもん)
<牡丹尾長鳥堆黒盆>
中国 元時代の作
堆黒(ついこく)とは、黒漆の層を何層にも塗り重ねて、刃物で彫り出して文様を出す漆芸技法の一つ
<以心崇伝像>
南禅寺の中興の祖 以心崇伝の頂相(ちんそう)(肖像画)
狩野探幽が、以心崇伝の死後に描いたもの
<以心号>
1581年(皇紀2241)天正9年
梅谷元保(ばいこくげんほ)が、13歳の崇伝に書き与えた道号
これ以降「以心崇伝」と名乗る
<九条袈裟>
以心崇伝が使用したといわれる九条袈裟
鮮やかな模様の中国裂(ちゅうごくきれきれ)が用いられている
<以心崇伝遺偈>
以心崇伝自筆の遺偈
遺偈(ゆいげ)とは、高僧が死ぬ前に弟子や後世へ教訓などを記した漢詩
<三十祖像>
禅宗の祖である達磨から歴代30人の祖師像
雪舟の流れをくむ毛利家の御用絵師 雲谷等顔(うんこくとうがん)の作
<最嶽元良像>
徳川将軍家の御用絵師
狩野常信が描いた金地院二世 最嶽元良(さいがくげんりょう)の肖像
水戸徳川家2代藩主 徳川光圀の賛がある
【金地院へのアクセス】
地下鉄 東西線 蹴上駅 徒歩約5分
市バス 永観堂前 徒歩約10分
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