蟹満寺(かにまんじ)は、木津川市山城町にある「今昔物語集」の「蟹の恩返し」の縁起の寺院
名前は、「蟹幡郷(かむはたきょう)」といわれる古代の地名に由来するともいわれる
かつては、広大な寺域があったといわれるが、現在は本堂、観音堂などを残すのみとなっている
発掘調査によると、200m四方の大寺院で、回廊跡も3町×2.5町あり白鳳時代では最大級であり、
秦氏の権勢が現れているといわれる
<本堂>
本尊 釈迦如来(国宝)が安置されている
<観音堂>
かつての本尊 観世音菩薩が安置されている
観音堂の横には、蟹と大蛇の額が掲げられている
<銅造 釈迦如来坐像(国宝)>
本尊で、本堂中央に祀られている
由緒、伝来は不明
八尺八寸(約2.6m)、重量二千貫(約7トン)、ほぼ原型のまま残されている
2005年(皇紀2665)平成17年の調査では、白鳳時代頃のものであることが判明した
<故事「蟹満寺縁起」>
「今昔物語集」巻十六第十六話など
昔、このあたりに善良で慈悲深い夫婦と一人の娘が住んでいたという
娘は、幼い頃から特に慈み深く、いつも観音経の普門品を読誦して観音さんを信仰していた
ある日、村人が、多くさんの蟹を捕えて食べようとしているのをみて、その蟹を買って草むらへ逃がしてあげた
父親が、畑仕事をしていると、蛙を呑み込もうとしている蛇を見つける
蛙を助けようとした父親は思わず「蛙を放してやったら娘を嫁にくれてやろう」と言ってしまう
すると、蛇は、蛙を放して姿を消した
その夜、五位の衣冠を着た青年が家を訪れてきて、昼間の約束を迫ってきた
父親は、困り果てて、嫁入仕度を理由にして、三日後に再び来るようにと青年を帰した
三日後、家族は、雨戸を堅く閉ざして恐ろしさで閉じこもっていた
青年は、怒り、本性を現して蛇の姿となって荒れ狂った
娘が、ひたすら観音経の普門品をとなえていると、温顔に輝く観音さまが現われて
「決して恐れることはない、汝らの娘は慈悲の心深く常に善良な行いをされ、
また我を信じて疑わず、我を念ずる観音力は、この危難を排するだろう」と告げて姿を消した
すると、雨戸を叩く音が消え外も静かになった
夜が明けて、外に出てみると、ハサミで切り刻まれた大蛇と、無数の蟹の死骸が残されてた
家族は、観音さんの守護を感謝して、娘の身代りとなった、多くの蟹と蛇の霊を弔うため、
御堂を建てて観音さんを祀り、「蟹満寺」と名付け、観音経の普門品をとなえていたことから
「普門山」と号したといわれる