宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)(Syuuhou Myoucyou)

宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)は、鎌倉時代末期の臨済宗の禅僧

生年:1282年(皇紀1942)弘安5年
没年:1337年(皇紀1997)延元2年/建武4年12月22日

出身:播磨国(現在の兵庫県)

諱:妙超
道号:宗峰
諡号:興禅大燈国師(花園上皇)・正燈高照国師(後醍醐天皇

大徳寺の開山

 大燈国師 宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)は、鎌倉時代末期の臨済宗の禅僧で、大徳寺の開山

【宗峰妙超の歴史・経緯】


【宗峰妙超ゆかりの地】

 <大徳寺
 1315年(皇紀1975)正和4年に開山する

 <孤篷庵
 紙本墨書大燈国師墨蹟(重要文化財)がある

 <妙心寺
 「正法山妙心寺」の山号寺号は、宗峰妙超が、釈尊が述べた「正法眼蔵涅槃妙心(最高の悟り)」という句から取り命名したもの

 <真珠庵
 大燈国師墨蹟(国宝)がある
 巻頭の標題に「看読真詮榜(かんとくしんせんぼう)」とあり、「看経榜(かんきんぼう)」と称される
 豪放で端正な書風で、宗峰妙超の墨蹟中の代表作といわれる

【宗峰妙超の伝記・著作】

 <大燈国師語録>
 <仮名法語>
 <祥雲夜話>

【その他】

 <花園天皇>
 宗峰妙超が、花園天皇と初めて面会したとき、あまりに宗峰妙超が堂々としているので、
花園天皇が「仏法不思議、王法と対坐す」というと、宗峰妙超はすかさず「王法不思議、仏法と対坐す」と
やりかえしたといわれる

 <まくわ瓜>
 宗峰妙超の好物
 宗峰妙超を探していた花園天皇は、乞食の群れの中にいることを知り、役人に高札を立てさせ、
某日まくわ瓜を乞食にただで与える旨を布告した
 当日、役人がまくわ瓜を求める乞食の群れに向かって「脚なくして来たれ」というと、
乞食の一人がすかさず「無手で渡せ」と答えたので宗峰妙超であることが分かってしまったという

 <大燈三転語>
 1332年(皇紀1992)元弘2年
 宗峰妙超が独自で作った公案
 「朝に眉を結び夕に肩を交う、我とは何ぞ。露柱は尽日往来す、我何によって不動なる。
もしこの両箇の問を解決し得れば、一生参学の事了(おわ)らん」と学徒を指導した

 <応灯関の一流>
 師の大応国師 南浦紹明から、宗峰妙超を経て関山慧玄へ続く法系
 現在の日本臨済宗は全てこの法系に属する


【京都検定 第1回3級】

21.鎌倉時代末期に、大徳寺を創建したのは誰か?

【京都検定 第7回1級】


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