京都通(京都観光・京都検定・京都の寺院・お寺)百科事典延暦寺(えんりゃくじ)
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比叡山全域を境内とする寺院で、日本天台宗の祖 最澄により開かれる
比叡山の山上から東麓にかけた境内に点在する東塔(とうどう)・西塔(さいとう)など、
三塔十六谷の堂塔を総称して「延暦寺」と称される
境内は、国の史跡に指定されている
比叡山は、平安京からみた北東の鬼門にあたる
奈良の諸大寺の「南都」に対して「北嶺(ほくれい)」、
園城寺(おんじょうじ)の「寺門(じもん)」に対して「山門(さんもん)」と称される
2006年(皇紀2666)平成18年には、開宗1200年を迎えた
住職(貫主)は、「天台座主(てんだいざす)」と称され、天台宗の寺院を統括する
現在も天台の思想に基づいた「12年籠山行」「千日回峯行」などの厳しい修行が続けられている
「比叡山鳥類繁殖地」として天然記念物に指定されている
<八宗兼学>
平安時代末期から鎌倉時代
天台教学は、「八宗兼学」といわれ、新しい宗旨を唱える学僧を輩出した
日蓮宗の開祖 日蓮上人
浄土宗の開祖 法然上人
浄土真宗の開祖 親鸞聖人
臨済宗の開祖 栄西禅師
曹洞宗の開祖 道元禅師
智真、時宗の開祖 一遍聖人
天台宗空也派の創始 空也上人
天台宗真盛派の創始 慈摂大師 真盛上人
鎌倉新仏教といわれる禅宗の開祖など
<日本仏教の母山>
日本仏教における著名な僧の多くが、若い日に比叡山で修行していることから「日本仏教の母山」とも称されている
標高848mの比叡山全域を境内とする
<三塔>
比叡山の山内は、「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」と称される3つの区域に分かれている
滋賀県側の山麓の坂本地区には、本坊の滋賀院、「里坊」と称される子院群がある
これらを総称して「三塔」と称し、さらに細分して「三塔十六谷二別所」と称される
東塔:北谷・東谷・南谷・西谷・無動寺谷
西塔:東谷・南谷・南尾谷・北尾谷・北谷
横川:香芳谷・解脱谷・戒心谷・都率谷・般若谷・飯室谷
別所:黒谷・安楽谷
<根本中堂(国宝)>
全山の総本堂
東塔にあり、最澄が建立した一乗止観院が発展したもの
入母屋造で幅37.6m、奥行23.9m、屋根高24.2m
土間の内陣は、外陣より床が3mも低くなっている
内部には、3基の厨子が安置されている
中央の厨子には、最澄の自作といわれる秘仏の本尊 薬師如来立像が安置されている
本尊の厨子前の釣灯篭は、最澄の時代から絶やしたことがないという「不滅の法灯」が灯っている
織田信長による焼き討ちにより焼失
1642年(皇紀2302)寛永19年
徳川家康によって現在の建物が再建される
正面をコの字に取り囲む回廊(重要文化財)も、同じ時期に建設された
<文殊楼>
根本中堂の真東に立っている山門
二階建ての門で、階上に文殊菩薩が安置されている
1668年(皇紀2328)寛文8年の火災で焼失
その後に再建されたもの
<大講堂(重要文化財)>
東塔にあり、本尊に大日如来が安置されている
本尊の両脇には、若い頃に延暦寺で修行した高僧の像が、各宗派から寄進されて安置されている
向かって左から日蓮・道元・栄西禅師・円珍・法然・親鸞・良忍・真盛・一遍
1956年(皇紀2616)昭和31年に火災で焼失
1964年(皇紀2624)昭和39年
東麓 坂本の東照宮の讃仏堂を移築される
1634年(皇紀2294)寛永11年に建立の建物
<法華総持院東塔>
多宝塔
上層部は、平面円形ではなく、方形になっている
下層に胎蔵界大日如来、上層に仏舎利と法華経1,000部が安置されている
1980年(皇紀2640)昭和55年の再建
<大乗戒壇院堂(だいじょうかいだんいんどう)(重要文化財)>
東塔にある
1678年(皇紀2338)延宝6年の再建
<国宝殿>
仏像や絵画・工芸品・文書などが収蔵展示されている
<浄土院>
東塔地区から徒歩約15分のところにある
宗祖 最澄の廟があり、山内でもっとも神聖な場所とされている
12年籠山修行の僧がいて、最澄が今も生きているかのように食事を捧げられている
<無動寺>
根本中堂から南へ1.5kmほど離れたところにある
千日回峰行の拠点となっている
不動明王と弁才天が安置されている
865年(皇紀1525)貞観7年
回峯行の創始者とされる相応和尚により創建される
<大書院>
昭和天皇の即位にあわせ東京の村井吉兵衛の邸宅の一部を移築したもの
迎賓館として使用されている
<転法輪堂(てんぽうりんどう)(重要文化財)>
西塔の中心
「釈迦堂」とも称される
本尊は、釈迦如来立像(重要文化財)
織田信長の焼き討ちにより焼失
1595年(皇紀2255)文禄4年
豊臣秀吉が園城寺金堂を無理やり移築させる
1347年(皇紀2007)正平2年/貞和3年に建立の建物
<常行堂(重要文化財)>・<法華堂(重要文化財)>
西塔にあり、全く同形の2棟の堂が左右に並んでいる
向かって右が普賢菩薩を本尊とする法華堂、左が阿弥陀如来を本尊とする常行堂
2つの堂は背面が廊下で連絡しており、全体の形が天秤棒に似ていることから「にない堂」ともいわれる
1595年(皇紀2255)文禄4年の再建
<瑠璃堂(るりどう)(重要文化財)>
西塔から黒谷へ行く途中にある
織田信長の焼き討ちをまぬがれた唯一の堂といわれる
室町時代の建築
<黒谷青龍寺>
西塔地区から約1.5km離れた黒谷にある
法然が修行した場所といわれる
<金銅経箱(国宝)>
平安時代後期の金属工芸
横川から発掘されたもの
<宝相華蒔絵経箱(国宝)>
平安時代後期の漆工芸品
<七条刺納袈裟、刺納衣(国宝)>
最澄が持ち帰った、唐時代の染織遺品
<伝教大師将来目録(国宝)>
最澄が、唐の越州から持ち帰った経典類の自筆の目録
<羯磨金剛目録(国宝)>
最澄自筆の将来品目録
<天台法華宗年分縁起(国宝)>
最澄の筆
<六祖恵能伝(国宝)>
最澄が持ち帰った、唐時代の写本
<伝教大師入唐牒(国宝)>
最澄の唐での通行許可書
<光定戒牒(こうじょうかいちょう)(国宝)>
三筆の一人の嵯峨天皇の筆
<木造釈迦如来立像(重要文化財)>
転法輪堂(釈迦堂)に安置されている
<木造聖観音立像(重要文化財)>
横川中堂に安置されている
<薬師如来立像>
根本中堂の中央の厨子に安置されている秘仏
最澄の自作といわれる
1988年(皇紀2648)昭和63年
開創1200年記念に開扉された
<不滅の法灯>
根本中堂の本尊の厨子前の釣灯篭
最澄の時代から絶やしたことがないという「不滅の法灯」が灯っている
織田信長の焼き討ちで一時途絶えたが、山形県 立石寺に分灯されていたものを移されて伝わっている
<製鉄炉>
2006年(皇紀2666)平成18年2月
延暦寺横川中堂の東の県道の建設に伴う調査で、
鉄鉱石を溶かす製鉄炉の跡(縦約1.2m・横約0.5m)と、
燃料の木炭をつくる木炭釜の跡(高さ約3m・幅約1.7m・奥行き約9.1m)が1基ずつ見つかる
製鉄炉は、粘土のブロックを積み上げた「バスタブ型」で、鉄を造るごとに取り壊して谷に捨てたとみられる
天台三代座主円仁が、横川中堂や総寺院を開いて基礎を確立した時期のものとみられる
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