醍醐寺(だいごじ)(DaigoJi)


所在地:京都市伏見区醍醐東大路町   地図情報

真言宗醍醐派の総本山の寺院

山号:深雪山(醍醐山)

本尊:薬師如来

創建:理源大師 聖宝

開山:理源大師 聖宝

世界遺産(古都京都の文化財)の一つ  次の世界遺産へ

門跡寺院の一つ

西国三十三所観音霊場第十一番札所

 醍醐寺(だいごじ)は、伏見区東方に広がる醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内をもつ
 豊臣秀吉による「醍醐の花見」が行われた桜の名所

 山上の上醍醐と、山下の下醍醐からなり、険しい山道で隔たれて徒歩で1時間以上かかる
 上醍醐は、西国三十三所観音霊場第11番札所で、西国一険しい札所といわれる

 上醍醐には、有名な名水「醍醐水」が今も湧き出ている



【醍醐寺の歴史・経緯】


【上醍醐寺の伽藍】

 醍醐寺は、伏見区東方に広がる醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内をもち
 境内全域が、国の史跡に指定されている

 上醍醐と下醍醐とに険しい山道で隔たれ、徒歩で1時間程要する

 西国三十三所観音霊場で、一番険しい札所といわれる

 <薬師堂(国宝)>
 <清滝宮拝殿(せいりゅうぐうはいでん)(国宝)>
 <如意輪堂(重要文化財)>
 <開山堂(重要文化財)>
 <白山大権現>
 <准胝堂>
 <五大堂>
 <奥の院>
 <名水「醍醐水」>



【下醍醐寺の伽藍】

 下醍醐には、上醍醐とは対照的な絢爛な大伽藍が広がる

 <総門>

 <西大門(仁王門)>
 1605年(皇紀2265)慶長10年
 豊臣秀頼が金堂の再建の後に再建されたもの
 仁王像(重要文化財)は、もとは南大門に祀られていたもの

 <金堂(こんどう)(国宝
 下醍醐にある醍醐寺の本堂
 西大門の東に南面して建つ
 平安時代中期 926年(皇紀1586)延長4年
 醍醐天皇の御願によりに創建される
 当時は「釈迦堂」と称されていた
 永仁年間(1293年〜1299年)と文明年間(1469年〜1487年)に2度焼失する
 1600年(皇紀2260)慶長5年
 豊臣秀吉の発願により、紀州湯浅(和歌山県)の満願寺の本堂を移築したものといわれる
 金堂の中央には、薬師三尊像(中央:本尊 薬師如来、脇侍:日光菩薩・月光菩薩)が安置されている
 薬師三尊の左右には、四方を守護する四天王立像が安置されている

 <清滝宮本殿(せいりゅうぐうほんでん)(重要文化財)>
 清滝宮は、醍醐寺の総鎮守 清瀧権現(せいりゅうごんげん)を祀る鎮守社
 弘法大師 空海が、唐 長安の青龍寺から勧請した密教の守護神
 1097年(皇紀1757)承徳元年
 上醍醐に祀られていたものから分身を移し祀られる
 文明の兵火により焼失
 室町時代 1517年(皇紀2177)永正14年
 現在の社殿が再建される

 <清滝宮拝殿>
 1599年(皇紀2259)慶長4年
 座主 義演准后により、拝殿の整備が行われる

 <鐘楼>

 <五重塔(ごじゅうのとう)(国宝
 下醍醐、金堂の南にある、総高約38m
 屋根の上の相輪は約13mあり、相輪が塔の1/3を占める
 古式の五重塔で、相輪も大きく、内部は華やかに彩色されている
 平安時代中期
 936年(皇紀1596)承平6年
 醍醐天皇の冥福を祈るため第一皇子 朱雀天皇が、醍醐天皇の一周忌に起工し、
 20年後の951年(皇紀1611)天暦5年に完成
 応仁の乱でも焼残った創建当初の唯一の建物
 京都府に現存する最古の木造建築物

 初層の壁画(国宝)は、平安時代のもの
 両界曼荼羅や真言八祖が描かれており、日本密教絵画の源流といわれる
 その中の空海の肖像画は、空海が描かれた現存する最古のもの

 <不動堂・護摩道場>
 不動明王を中心に五体の明王が安置されている
 不動堂の前の護摩道場では、醍醐寺派修験道により柴燈護摩が焚かれる

 <真如三昧耶堂>
 949年(皇紀1609)天暦3年
 朱雀天皇の御願により、法華三昧堂として創建される
 1470年(皇紀2130)文明2年に焼失
 1997年(皇紀2657)平成9年
 現在の堂が、真如三昧耶堂として建立される

 <祖師堂>
 真言宗を開いた弘法大師 空海と、その孫弟子で醍醐寺を開創した理源大師 聖宝とが祀られている
 1605年(皇紀2265)慶長10年9月
 座主 義演准后により建立される
 弘法大師の誕生日である6月15日には降誕会が行われる

 <大伝法院>
 大講堂を中心とした、大林泉・弁天堂・地蔵堂・鐘楼・日月門・阿闍梨寮・伝法学院等の総称
 1930年(皇紀2590)昭和5年
 醍醐天皇一千年御忌を記念して山口玄洞居士の寄進により造築される

 <大講堂>
 石を積み上げた土台の上に立つ宝形造りの大きな建物
 平安時代末期ごろに製作された醍醐寺最大の丈六の木造 阿弥陀如来坐像が祀られているほか、
大日如来坐像や深沙大将、大黒天や地蔵菩薩が安置されている

 <弁天堂>
 池の中の島に建つ朱塗り建物
 弁財天が祀られている
 紅葉の名所

 <伝法学院>
 仏道修行に志す者の錬成道場となっている

 <成身院(じょうしんいん)>
 上醍醐への登山口にある
 昔は女性がここから上醍醐を遥拝したことから、「女人堂(にょにんどう)」と称される
 本尊には、山上の准胝観音の分身が祀られている
 現在の建物は、江戸時代初期の再建といわれる
 本堂前には、山側から不動明王・理源大師・弥勒菩薩・役行者・地蔵菩薩が祀られている

 <清浄水場>
 女人堂の前にある手水場
 五体の仏像が安置されている

 <御千度石>
 清浄水場の横に立っている石碑
 この石碑と女人堂の間を千回往復すると、山上まで上り上醍醐寺に参拝したのと同じ功徳があるといわれる

 <霊宝館(れいほうかん)>
 国宝17点、重要文化財約4万点、10万点を超える寺宝が所蔵されている
 彫刻・絵画・工芸・古文書など、日本の仏教史や美術史上貴重な資料が収蔵されている

 <忠魂碑>

 <黒門>
 境内の東にある門



【醍醐寺の塔頭

 <三宝院
 上醍醐寺にある醍醐五門跡
 応仁の乱の兵火で焼失するが、豊臣秀吉により再建される
 庭園は、豊臣秀吉が自らが設計したといわれ桃山時代の名園で、国の特別史跡国の特別名勝
 桃山建築の書院造の代表的な遺構

 <一言寺
 醍醐五門跡

 <報恩院
 醍醐五門跡

 <光台院
 御醍醐山伝法院学院



【醍醐寺の寺宝】

 醍醐寺は、建造物、彫刻、絵画、書跡、工芸など数十万点もの文化財を所蔵し
 そのうち、約4万点が国宝、重要文化財に指定されている

 <木造 薬師如来および両脇侍像(国宝)>
 <木造 薬師如来および両脇侍像(重要文化財)>
 <木造 弥勒菩薩坐像(重要文化財)>
 <木造 不動明王坐像(重要文化財)
 <木造 理源大師像(重要文化財)>
 <仁王像(重要文化財)>
 <絹本著色 五大尊像(国宝)>
 <絹本著色 訶梨帝母像(かりていもぞう)(国宝)>
 <絹本著色 閻魔天像(国宝)>
 <紙本著色 絵因果経(国宝)>
 <絹本著色 文殊渡海図(国宝)>
 <五重塔初重壁画(板絵著色)18面(国宝)>
 <金地著色舞楽図(二曲屏)(重要文化財)>
 <金地著色扇面散図(二曲屏)(重要文化財)>
 <大日経開題(国宝)>
 <狸毛筆奉献表(国宝) 伝弘法大師筆>
 <後宇多天皇宸翰当流紹隆教誡(三通)(国宝)>
 <後醍醐天皇宸翰天長印信(蝋牋)(国宝)>
 <理源大師筆処分状(国宝)>
 <醍醐花見短籍(だいごはなみたんざく)(百三十一葉)(重要文化財)>
 <金銅両界曼荼羅(重要文化財)>
 工芸品



【醍醐寺の祭事】

 <五大力尊仁王会
 2月23日
 1100年以上も続けられている法要
 柴燈護摩を炊き上げて五大明王の功徳を讚える
 直径約80cmの重さ約150kgの巨大な紅白の鏡餅を持ち上げる力比べが行われる

 <豊臣秀吉の「醍醐の花見」
 4月第2日曜
 豊臣秀吉の「醍醐の花見」にちなみ、現在も全山を揚げての桜の花見会が開催される
 太閤や正室おね、側室 淀などが登場する行列が境内を歩く
 金堂前の特設舞台では、舞楽や朗詠、狂言などが披露される

 <施餓鬼法要、醍醐山万灯供養会
 8月5日
 参道におかれた500個の灯籠、奉納された600の提灯に灯が入り、
 壮大な屋外大護摩 柴燈護摩(さいとうごま)を中心とした施餓鬼法要が厳修される

【醍醐の桜】

 総門を入ると、桜の馬場を中心に植えられた、約1000本の桜の木がある桜の名所
 3月中旬から4月中旬にかけて、
枝垂桜(シダレザクラ)・染井吉野(ソメイヨシノ)・山桜(ヤマザクラ)・八重桜(ヤエザクラ)などが順に咲き誇る

 1598年(皇紀2258)慶長3年
 80代座主 義演准后の日記によると
 豊臣秀吉が、「醍醐の花見」のために畿内4ヶ国から桜の木を700本を集めたと記されている
 境内には、桜の苗場跡もある

 岐阜大や住友林業筑波研究所らの遺伝子解析によって、その桜のルーツが探られている
 桜などのバラ科の植物は、自らの木の花粉とは交配しないことから親子関係が解析できる

 三宝院の「土牛の桜」(推定樹齢150年)と傍らにある桜の木(推定樹齢100年)は、兄弟関係
 霊宝館周辺と清瀧宮にある3本も兄弟関係にあることが判明
 いろいろな場所から集められた桜を使って、枝を台木に接ぐ「接ぎ木」や、
種子から育成された可能性が高いといわれる

醍醐五門跡

 醍醐寺の5つの塔頭門跡寺院
 三宝院金剛王院、理性院、無量寿院、報恩院

 1115年(皇紀1775)永久3年
 醍醐寺第14世座主 勝覚僧正(しょうがくそうじょう)が、三宝院を創建
 賢覚が、理性院を、聖賢が、金剛王院を創建して醍醐三流ができる

 当初は、この五門跡住職が交代で醍醐寺座主となっていたが、
 室町時代前期の満済以降は三宝院門跡が座主の地位を独占する




【アクセス】

 地下鉄 東西線 醍醐駅 徒歩約10分
 京阪バス 醍醐三宝院 すぐ


【京都検定 第1回3級】

32.醍醐寺について、次のことは正しいかどうか?
(ア)醍醐寺は、山の上の上醍醐と、山の下の下醍醐からなる寺院である
(イ)醍醐寺は、豊臣秀吉の醍醐の花見で知られる桜の名所である
(ウ)国宝の金堂、五重塔は上醍醐にある
(エ)塔頭の三宝院の表書院は、桃山時代の書院造の遺構として知られている

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【京都検定 第3回3級】

【京都検定 第4回3級】

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【京都検定 第6回3級】

【京都検定 第8回3級】

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【京都検定 第10回3級】

【京都検定 第11回3級】

【京都検定 第2回2級】

【京都検定 第3回2級】

【京都検定 第5回2級】

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【京都検定 第8回2級】

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【京都検定 第11回1級】


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