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穴太寺(あなおじ)
AnaoJi
所在地:京都府亀岡市曽我部町穴太東辻
地図情報
天台宗の寺院
山号:菩提山(ぼだいさん)
本尊:聖観音菩薩
創建:大伴古磨
開山:大伴古磨
中興の祖:行廣上人
西国三十三所観音霊場第21番札所
旧称:穴穂寺・穴生寺・菩提寺
穴太寺(あなおじ)は、
亀岡市の市街地より少し西に離れたところにある丹波でも屈指の古刹の寺院
【穴太寺の歴史・経緯】
「穴太寺観音縁起(1450年(皇紀2110)宝徳2年に記されたもの)」によると
飛鳥時代末期
705年(皇紀1365)慶雲2年
文武天皇の勅願により、大臣 大伴古麻呂が、薬師如来を本尊として開創したといわれる
平安時代中期
962年(皇紀1622)応和2年
丹波の宇治宮成が、
仏師 感世に聖観音像の制作を依頼し、
観音像の完成後に、宇治宮成は、感世が檀家から受けたお礼を奪おうと待ち伏せして、感世に向かって矢を射った
後日、宇治宮成は、自分の射った矢は聖観音像に突き刺さっただけで、感世が生きていることを知り、
自分の行いを悔い、仏門に入りその観音像を本尊として祀ったといわれる
この
故事により、身代り観音の寺として信仰を得てきた
【穴太寺の伽藍】
伽藍全体が、
亀岡市指定文化財になっている
兵火によりたびたび焼失し再建されてきている
<本堂(京都府指定文化財)>
仁王門から正面に建てられている
現在の建物は1735年(皇紀2395)享保20年の再建
内陣に、木彫釈迦涅槃像が安置されている
<仁王門(京都府登録文化財)>
三叉路になった道の傍に面して建てられており、門の直前を車が通行する珍しい所に建てられている
江戸時代中期の再建
<鐘楼(京都府指定文化財)>
仁王門をくぐったすぐ右に、簡素で古色蒼然としている建つ
<多宝塔(京都府指定文化財)>
仁王門をくぐったすぐ左に建つ
1804年(皇紀2464)文化元年の創建
<方丈・庫裏(京都府指定文化財)>
<鎮守堂(京都府指定文化財)>
<念仏堂(京都府指定文化財)>
<方丈表門(京都府指定文化財)>
<庭園(京都府指定文化財名勝)>
本堂や多宝塔を借景にした庭園
江戸時代中期から末期にかけての手法がよく表現された名園
<宇治宮成の墓>
【穴太寺の寺宝】
<木造 聖観音立像(重要文化財 )>
秘仏の本尊として本堂厨子内に祀られている
仏師 感世の作といわれている
先代の聖観音像は重要文化財に指定されていたが、1968年(皇紀2628)昭和43年の盗難で行方不明になっている
33年に一度ご開帳される秘仏
<木彫釈迦涅槃像>
「病魔平癒のなで佛様」として本堂内に祀られ、多くの人に撫でられ黒光りしている
室町時代の作といわれる
<穴太寺観音縁起(京都府指定文化財)>
【穴太寺の祭事】
<福給会> 1月3日
<節分会・星祭> 2月3日
<施餓鬼法要> 3月20日頃彼岸中
<精霊会> 8月9日
精霊迎えの浄行の日にあたり、古来よりこの地方一円の新仏を当山にてお迎えする
書院と庭園とともに、数ある寺宝の一部が公開される
<孟蘭盆大施餓鬼会> 8月23日
<施餓鬼法要> 9月20日頃彼岸中
【その他】
西国三十三所観音霊場第21番札所
<御詠歌>
かかる世に 生まれあう身の あな憂やと 思わで頼め 十声一声
【穴太寺への交通】
JR山陰本線(嵯峨野線)亀岡駅より
京都交通バス 穴太寺前 徒歩約2分
京都交通バス 穴太口 徒歩約10分
車で約10分
京都縦貫自動車道 亀岡ICより車で約5分
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