吉田神社の節分祭(よしだじんじゃのせつぶんさい)

室町時代の1484年文明16年に
吉田兼倶吉田神社大元宮を創建して天神地祇八百萬神(てんしんちぎやおよろずのかみ)を祀って
節分詣を始めたのが由来
520年以上続いている祭儀
全国の節分祭の発祥地といわれる

 表鬼門吉田神社と、裏鬼門に当たる壬生寺の節分行事も有名

 参拝者には、中梔色(くちなし色)の厄徐け札、疫神斎(えきじんさい)、厄除守(やくよけまもり)、開運守、
節分神矢などの特別神符や、いろいろな賞品が当たる抽せん券付厄除福豆が授与される

 境内や周辺には、約700店ほどの露店が出展され賑わう

【節分祭の祭儀】

 2月2日 8時より  本宮前日祭
   2日 8時半より 疫神祭(えきじんさい)
   2日 18時より 追儺式(ついなしき)
   3日 23時より 火炉祭(かろさい)
   4日 9時より  節分後日祭
   4日 13時より 福豆抽せん会

【疫神祭(えきじんさい)】

 2月2日 8時半より大元宮で行われる

 厄を祓う厄塚が大元宮前に奉製される
 疫神祭(えきじんさい)は、疫神に暴れずに鎮まってもらうことを門外に向って祈り、神酒洗米が撒かれる
 吉田神社の独特の厄除け法といわれ、厄塚により1年の無病息災を祈願する

【追儺式(ついなしき)】

 2月2日 18時半より本宮で行われる

 追儺式(ついなしき)は、「鬼やらい」とも称される

 平安時代初期から宮中で行われていたのを、古式に則って伝承されてきた神事
 平安京鎮護の神として、さらには全国の八百万の神(やおよろずのかみ)を祀る神社として、鬼(悪神)を追い払い、
人々の不幸を除いて幸福と平和な生活が祈願される

 玄衣朱裳(げんいしゅしょう)を着て黄金の四つ目の仮面をかぶった方相氏(ほうそうし)が、陰陽師(おんみょうじ)祭文を奏し
松明を持った紳子(しんし)と共に、大暴れをする赤、青、黄の3匹の疫鬼を追い払う
 疫鬼たちは、鳥居を通って逃げて行き、鳥居に向かって桃の弓で葦の矢が放たれる

【火炉祭(かろさい)】

 2月3日 23時より

 本社の三ノ鳥居前に、深さ約1.5mほど掘り下げて、直径5m、高さ5mの柱に青竹やしめ縄を巡らせた八角柱型の
巨大なかごのよう火炉が作られる
 形は、境内の大元宮の形を真似ているといわれる

 火炉で、参拝者が持ち寄った古札やしめ縄などが浄火で燃やされる
 その炎にあたると無病息災の御利益があるといわれる


【京都検定 第1回3級】

35.吉田神社について、次の事柄が正しいかどうか?
 エ)節分祭の追儺式は、「鬼やらい」として有名である


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