二条殿跡(にじょうどのあと)(NijyoudonoAto)



所在地:京都市中京区両替町通御池上ル東側金吹町   地図情報
 二条殿跡(にじょうどのあと)は、和歌連歌で著名な公家 太政大臣 二条良基の邸宅の跡

 旧龍池小学校前に、二条殿御池跡を示す石標が立てられている

 現在、烏丸御池付近には、「御池之町」「龍池町」「二条殿町」の地名が残る

【二条殿(にじょうどの)】

 二条殿(にじょうどの)は、和歌連歌で著名な公家 太政大臣 二条良基の邸宅で、
 「押小路殿」とも称されていた

 室町時代洛中洛外図屏風にも描かれている

 邸内には龍躍池があり、「御池」の名前の由来の一つとされる

 1577年(皇紀2237)天正5年
 織田信長が、景観の美しさを好み移り住んだ

 1579年(皇紀2239)天正7年
 織田信長から、正親町天皇皇太子 誠仁親王に献上された

 1582年(皇紀2242)天正10年 本能寺の変
 織田信長の長男 織田信忠がこの地で自害し、二条殿が焼失してしまう



【二条家(にじょうけ)】

 二条家(にじょうけ)は、五摂家の一つで、藤原氏北家の九条家流の公家
 (御子左流の二条家も別にある)
 近衛家、一条家に次ぎ、九条家鷹司家と同格の扱いがされていた

 鎌倉時代
 九条道家の二男 二条良実が、二条京極の邸宅を「二条殿」と称したのが家名の由来

 家紋は二条藤

 室町時代から明治まで
 新天皇の即位式において、新天皇に灌頂を授ける「即位灌頂」の儀を、二条家が独占して司っていた

【二条殿跡へのアクセス】

 地下鉄 烏丸線・東西線 烏丸御池駅 2番出口すぐ
 市バス・京都バス 烏丸御池 すぐ

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