京都通(京都観光・京都検定)百科事典鴻臚館(こうろかん)
鴻臚館(こうろかん)は、平安時代に平安京にあった外国使節を宿泊、接遇する施設
飛鳥時代以前から前身として、筑紫館や難波館があった
「鴻臚(こうろ)」とは、「外交使節の来訪を告げる」との意味がある
現代では、京都御苑内に国立京都迎賓館がある
平安京では、七条に朱雀大路を挟んで東鴻臚館・西鴻臚館があった
現在の島原に東鴻臚館跡の石碑が立っている
平安京には七条大路の北の朱雀大路を挟んで東西に、「東鴻臚館」「西鴻臚館」があった
平安京の鴻臚館は、主に渤海使を迎賓していたといわれる
渤海使は、能登客院(石川県志賀町)や松原客院(福井県敦賀市)を経由して都に来訪し、
鴻臚館で入朝の儀を行った後、内蔵寮と交易したといわれる
朝廷では、日本の国威を示すために、渤海客を大いに歓待し、林邑楽を演奏したり詩文の会などを
催していたといわれる
東鴻臚館跡は、江戸時代には、もてなしの文化の場でもある島原の地となっている
1915年(皇紀2575)大正4年
「此附近 東鴻臚館址」の石碑が建立される
<与謝蕪村の歌>
「白梅や墨芳しき鴻臚館」
<源氏物語>
第1帖「桐壺」には、鴻臚館滞在の高麗の人相占いの元を光源氏が訪れる様子が書かれている