閑院跡(かんいんあと)(KaninAto)
所在地:
京都市中京区押小路小川古城町
西福寺内
地図情報
閑院跡(かんいんあと)は、
平安時代から
鎌倉時代初期にかけてあった藤原氏の邸宅跡
押小路通と小川通の交差点の北西に、閑院跡を示す小さな石碑が立っている
石碑のあるところから、北西の西洞院通・押小路通・油小路通・
二条通に囲まれた150m四方の地域
【閑院の歴史・経緯】
当初は、藤原冬嗣(ふじわらふゆつぐ)の邸宅であった
藤原公季(ふじわらのきんすえ)が継いで、「閑院」と称されるようになる
平安時代末期
高倉天皇のときに
大内裏が荒廃し、閑院邸を
里内裏とする
その後、後鳥羽天皇も、閑院邸で皇位を承継するなど、安徳天皇を除く後深草天皇まで、90年ほど
里内裏となっていた
鎌倉時代
1259年(皇紀1919)正元元年5月
火災で焼失してしまう
【その他】
<順徳天皇の詩>
閑院の南殿にて月前松を詠める
いまはまた世々をかさぬる庭の花 ふりてぞみゆる秋の夜の露
<
豊臣秀吉妙顕寺城跡>
桃山時代
閑院跡に
妙顕寺が建てられ、その後、
豊臣秀吉が
妙顕寺城を建て、
聚楽第の完成まで京都の政庁とした
【閑院跡へのアクセス】
市バス 二条城前 徒歩約10分
市バス 堀川御池 徒歩約10分