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天橋立(あまのはしだて)
AmanoHashidate

所在地:宮津市宮津湾   地図情報

日本三景の一つ(天橋立、宮城の松島、広島の宮島)

国の特別名勝(1952年(昭和27年)11月22日)

日本の白砂青松百選

 天橋立(あまのはしだて)は、宮津湾にある日本三景の一つの景勝地である

 天橋立は、長さ約3.6kmにわたり約7,000本の松林が続く砂州と、それを展望する傘松公園の総称

 大江山の麓を流れる野田川から砂を押し流し、与謝の海からの押し返しによりできた砂州
 砂州は、宮津湾を二分し、内海を「阿蘇海(あそうみ)」と称される

【天橋立の景観】

 <股のぞき>
 北側の傘松公園から、股の間から逆さに見ると、天に架かる橋のように見えることから「天橋立」と名付けられたといわれる

 <斜め一文字>
 北側の傘松公園からの眺望

 <飛龍観(ひりゅうかん)>
 南側からの眺めは、龍が天に登る姿に見えるといわれる

 <雪舟観(せっしゅうかん)>
 東側から雪舟が「天橋立図(国宝)」を描いたことから、「雪舟観(せっしゅうかん)」と称される

 <一字観(いちじかん)>
 東側からの眺めは、「一」の字に見えるといわれる

【日本三景の天橋立】

 百人一首の小式部内侍の歌にも歌われている
 「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天橋立」

 室町時代
 「天橋立図(国宝)」
 天の橋立を東側から鳥瞰的にとらえた紙本墨画淡彩図
 雪舟の80歳過ぎの(1501年〜1506年)の作
 京都国立博物館蔵

 1643年(皇紀2303)寛永20年
 「日本国事跡考」
 学者 林羅山(はやしらざん)の息子 林春斎(はやししゅんさい)が、陸奥の松島を、「丹後の天橋立、、安芸の厳島とともに三処奇観たり」と記されている

 1689年(皇紀2349)元禄2年
 「己巳紀行(きしきこう)」
 福岡藩の儒学者 貝原益軒(かいばらえっけん)により、天橋立を旅行した記録に、「日本の三景の一とするも宜也」と記されている

【天橋立の地理的経緯】

 「宮津市史通史編上巻」によると
 約1.5万年前以降の気候温暖化により、海面が100年に1mと急激に上昇した
 約8000年前に、現海面より−20mあたりで現在の天橋立と同じ位置に達し、北から南へ水中の砂州が形成され始める
 約6000年前、海面が最高水準に達し、その後の低下期である約5000年前頃に現在の砂州が現われる

 室町時代に描かれた、雪舟の天橋立図(国宝)では、現在より短い砂州の天橋立が描かれている

 江戸時代以降に、丹後半島部で森林伐採や火入れが活発になり、海へ流入する土砂量が増加したことで、
現在のような砂州が形成された

 近年、河川にダムなどが作られ、山地から海への土砂供給量が減少し、天橋立における土砂の堆積・侵食バランスが崩れ、
侵食により縮小・消滅の危機にある
 砂州上に、それと直交して小型の堆砂堤を多数設置し流出する土砂をそこで食い止めようとしている

【天橋立の由来】

 「丹後国風土記逸文」によると
 国をお生みになった伊射奈芸命(いざなぎのみこと)が、天に通おうとして梯子を造り立てた
 しかし、伊射奈芸命が寝ている間に、倒れてしまったといわれる

【その他】

 <籠神社
 天橋立にある神社で、伊勢神宮が一時期置かれていた元伊勢の一つ

 <磯清水>
 名水「長寿の水」
 日本の名水百選
 周囲を海にかこまれているなか、塩分のない清水が湧き出ている

 <成相寺
 雪舟の「天橋立図(国宝)」にも描かれている丹後の西国三十三所観音霊場第28番札所


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