鍬山神社(くわやまじんじゃ)


所在地:亀岡市上矢田町上垣内   地図情報

祭神:大己貴命大国主神)・誉田別命(ほむだわけ)(応神天皇)

社格式内社

ご利益:産土の守護・医療・縁結び

京都府決定文化財環境保全地区

 鍬山神社(くわやまじんじゃ)は、亀岡市街から高槻街道の入口にある神社

 産土の神さん・医療の神さん・縁結びの神さんとしての鍬山宮(町民と百姓の守護)と
八幡宮(武士の守護)の2つの宮が建っている

 亀岡市の自然100選に選ばれている紅葉の名所


【鍬山神社の歴史・経緯】



【鍬山神社の祭神】

 大己貴命は、丹波国造伝説の大神で、大国主神の若い頃の名前

 素戔嗚尊の後に国土を経営し、禁厭(まじない)・医薬などを教え、
葦原中国の国造りを完成させたといわれる
 国土を天孫 瓊瓊杵尊に譲って隠退し、出雲大社の祭神となる

 鍬山神社でも国造の神・農業神・商業神・医療神などとして信仰されている

 <丹波国造伝説>
 かつて亀岡盆地が泥湖だった頃、まだ国土を営んでいた大己貴命が、
黒柄山に八人の神さん(八柱神)を集め、一艘の樫船に乗り、
一把の鍬で保津浮田(請田)の峡(現在の保津川保津峡)を開き、
溜まっていた水を外へ流し出して、この地を豊かな農地に変えたといわれる

 里人は、この神徳を称えて、天岡山の麓に大己貴命と八柱神をお祀りしたのが由来で、
渓谷を切り拓いたときに使われた鍬(くわ)が山積みとなった様子から、
「鍬山神社」と称されるようになったといわれる


【鍬山神社の境内】

 <鍬山宮>
 祭神:鍬山大明神
 町民と百姓の守護
 1610年(皇紀2270)慶長15年の創建

 <八幡宮>
 祭神:誉田神
 武士の守護
 1610年(皇紀2270)慶長15年の創建

 <心字池>
 周囲は紅葉の名所

 <大鳥居>
 朱塗り

 <安産石>
 <竹林>

 <銀鈴の滝>
 拝殿左側から山道を登って行ったところにある



【鍬山神社の末社】

 <厳島神社(いつくしまじんじゃ)>
 <高樹神社(たかきじんじゃ)>
 <樫船神社(かじぶねじんじゃ)>
 <金山神社(かなやまじんじゃ)>
 <日吉神社(ひえじんじゃ)>
 <熊野神社(くまのじんじゃ)>
 <稲荷神社(いなりじんじゃ)>
 <疱瘡神社(ほうそうじんじゃ)>
 <愛宕神社(あたごじんじゃ)>
 <天満宮(てんまんぐう)>
 <百太夫神社(ひゃくたゆうじんじゃ)>


【鍬山神社の祭事】

 <元旦祭>  1月元日

 <節分祭> 2月節分
 修験者により祈願された護摩木が、口丹波一の護摩壇に入れられ護摩焚きが行われる

 <人形慰霊祭> 3月21日

 <花祭> 4月15日
 御旅所(形原神社)の例祭

 <八ケ日祭> 5月8日
 八幡宮の大祭
 誉田神が天岡山(面降山)に降臨された日とされる

 <水無月祭> 7月2日
 半年間の穢れ疫除けを祈願して人形流しが行われる
 大鳥居の前には、大茅の輪が置かれる

 <秋季大祭> 10月20日より10月25日まで
 「亀岡祭」とも称される
 20日:御出祭 鍬山宮と八幡宮の2基の神輿が旧町内の御旅所(形原神社)に向かう
 24日:宵宮 10数基の鉾が各町に建てられ祗園囃しがひびきわたる
 25日:本祭 神輿と宮総代・氏子総代・獅子行列などの巡行

 <紅葉祭> 11月7日頃
 <七五三詣>  11月中
 <御火焚祭> 12月3日


【その他】

 <丹波猿楽(矢田猿楽)>
 猿楽の源流の一つ
 1165年(皇紀1825)永万元年5月8日
 後に八幡宮社に合祀された誉田八幡が、能面を持って天岡山(面降山)に降臨された
という故事が由来とされる
 平安京や摂津・河内など各地に出向いて活躍していた

【鍬山神社へのアクセス】

 JR山陰本線(嵯峨野線) 亀岡駅 徒歩約25分
 京阪京都交通バス 亀岡駅から約3分 矢田口 徒歩約10分

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