北野天満宮(きたのてんまんぐう)(KitanoTenmanguu)



所在地:京都市上京区御前今小路上馬喰町   地図情報

祭神:菅原道真(すがわらみちざね)
相殿:中将殿(ちゅうしょうどの)(菅原道真の息子)、吉祥女(きっしょうじょ)(菅原道真の夫人)

社格明神二十二社下八社官幣中社別表神社

通称:天神さん

ご利益:学問の神様

 北野天満宮(きたのてんまんぐう)は、無実の罪で大宰府に流された、右大臣だった菅原道真の怨霊を鎮めるために建立された神社

 祭神の菅原道真は、「和魂漢才」の精神をもって学問に励み、幼少の頃より文才を表し、朝廷の官吏として活躍されたことにちなみ、
 江戸時代、寺子屋が普及し、精神的拠りどころとして天満宮の御札、掛軸がお祀りされ、
「学問の神様」として天神信仰が確立し「天神さん」と称され、多くの受験者らの信仰を集めている
 北野天満宮より分霊が「天神様」として、全国各地の天満宮や天神社へ勧請(かんじょう)された



【経緯】


【祭神】

 菅原道真(すがわらみちざね)は、幼少の頃から天才といわれ、
「和魂漢才」の精神をもって大学者、能書家、詩人、政治家として名声を得た

 中将殿(ちゅうしょうどの)は、菅原道真の長男
 吉祥女(きっしょうじょ)は、菅原道真の夫人

【神徳】

 <農耕の神>
 雷を司り、農作物に影響を与える雨を降らす天神さまとして信仰される
 秋には、ずいき祭が行われる

 <至誠の神>
 「海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞてらさむ」が詠まれたように、清く明き誠の心を生涯貫いたといわれる
 大宰府でも、天皇から賜った御衣を毎日着衣していたともいわれる

 <冤罪を晴らす神>
 4月20日の「明祭」では、冤罪が晴れたことを祝される

 <学問・和歌・連歌の神>
 菅原道真は、5歳で和歌を詠み11歳で漢詩を作り、幼少の頃から天才といわれ、
「和魂漢才」の精神をもって大学者、能書家、詩人、政治家として名声を得た<ことによる

 <渡唐天神>
 東福寺の開山 円爾弁円(えんにべんねん)が宋から帰朝し、博多の崇福寺の住職をしていたときに、
菅原道真の神霊が現れ禅を問われた
 円爾弁円が、「私が入宋して師と仰いだ仏鑑に参禅するように」と答えると、菅原道真は、後日再び現れ、
「このたび宋に飛び一日にして禅の奥義を修得した」と告げられたという
 その時の菅原道真が、唐衣をまとい手に一輪の梅の花を持たれていたため「渡唐天神」と称されるようになる
 これにより、室町時代には、禅僧の間で、文学神としての信仰が広まる

 <芸能の神>
 豊臣秀吉が北野大茶湯を催し、現在でも毎年、献茶祭が行われている
 出雲阿国が初めて歌舞伎踊を演じたといわれ、北野天満宮境内で舞楽などの催しが多く行われてきている
 江戸時代中期には、
 北野天満宮境内で、露の五郎兵衛(つゆのごろべえ)が、辻ばなしを口演していたといわれ、落語発祥の地ともされる

 <厄除の神>
 2月25日の梅花祭には、男女の大厄を祓うために
白梅42本・紅梅33本の小枝を挿し玄米を入れた筒状の紙立(こうだて)がお供えされる


【境内】

 <本殿(国宝と石の間>、<拝殿(国宝)と楽の間>
 <中門(重要文化財)
 <絵馬所>
 <納札所>
 <絵馬掛所>
 <神楽殿>
 <校倉>
 <一ノ鳥居>
 <楼門>
 <東門(重要文化財)>
 <北門>
 <明月舎>
 <宝物殿>
 <茶室 松向軒>
 <御土居(おどい)国の史跡)>
 <梅苑>
 <太閤井戸>
 <月下氷人石(げっかひょうじんせき)>
 <手向山楓樹>
 <北野天満宮御旅所




【摂社・末社】

 <境内末社 伴氏神社
 <末社 宗像社(むなかたしゃ)>
 <大杉社>


 <末社 猿田彦社(さるたひこしゃ)>
 <末社 稲荷神社>
 <末社 一之保神社(いちのほじんじゃ)>
 <末社 奇御魂神社(くしみたまじんじゃ)>
 <末社 野見宿祢神社(のみのすくねじんじゃ)>
 <末社 豊国神社(とよくにじんじゃ)>
 <末社 一夜松社(いちやまつしゃ)>


 <摂社 福部社(ふくべしゃ)>
 <摂社 白太夫社(しらだゆうしゃ)>
 <摂社 老松社(おいまつしゃ)>
 <摂社 火之御子社(ひのみこしゃ)>


 <御后三柱(ごこうのみはしら)>
 <摂社 地主神社(じぬしじんじゃ)>


 <末社 文子社(あやこしゃ)>
 <末社 神明社(しんめいしゃ)>
 <末社 竈社(かまどしゃ)>
 <境内外末社 神輿岡神社(みこしがおかじんじゃ)>



【北野天満宮の文化財】

 <紙本着色 北野天神縁起(絵巻)8巻(国宝)
 <紙本着色 北野天神縁起(弘安本)3巻(重要文化財)>
 <紙本着色 北野天神縁起(土佐光信筆)3巻(重要文化財)>
 <紙本着色 北野天神縁起(土佐光起筆)3巻(重要文化財)>
 <日本書紀写本28冊(重要文化財)>
 <北野曼荼羅図
 <豊太閤北野大茶湯図>
 <北野大茶湯高札>
 <絹本着色 舞楽図2幀(重要文化財)>
 <紙本墨画 雲龍図(重要文化財)>
 <板絵金地着色 昌俊弁慶相騎図(重要文化財)>
 <木造鬼神像13躯(重要文化財)>
 <太刀 銘 國綱(鬼切)(重要文化財)>
 <紫紙金泥金光明経最勝王経(重要文化財)>



【北野天満宮の祭事】

 毎月25日に縁日が開かれる

 <初天神
 <梅花祭
 <祈願絵馬焼納式>
 <雷除大祭>
 <御誕辰祭(夏越天神)夏越祓)>
 <御手洗祭、七夕祭>
 <例大祭>
 <ずいき祭
 <名月祭(芋名月)>
 <余香祭>
 <お茶壷奉献祭>
 <献茶祭>
 <終い天神


北野天満宮の七不思議

 <影向松(ようごうのまつ)>
 <筋違いの本殿>
 <星欠けの三光門>
 <大黒天の燈籠>
 <唯一の立牛>
 <裏の社>
 <天狗山>



【北野天満宮の梅】

 北野天満宮の神紋は、梅

 菅原道真は、白梅をこよなく愛し、大宰府に左遷されるときに、
   「東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
 と、庭の梅に詠んだといわれる

 <飛梅伝説>
 大宰府に左遷された菅原道真を慕って、菅原道真の御殿の梅が一夜にして大宰府まで飛んでいったといわれる故事

 面積約5000坪の梅林があり、境内を含めて、約50種類、2,000本以上の梅が見られる




【北野天満宮の牛】

 北野天満宮において、牛は神使(祭神の使者)とされる

 菅原道真の生まれが丑年であり、亡くなられたのも丑の月の丑の日とされる

 大宰府へ左遷されるときには、牛車で下ったといわれ、
刺客から菅原道真を守ったともいわれる

 菅原道真が亡くなり、遺骸を運んでいた途中で、牛が座り込んで動かなくなったため、
やむなく付近の寺院「安楽寺」に埋葬されたといわれる


【その他】

 <長五郎餅(ちょうごろうもち)
 漉し餡(こしあん)を薄い餅皮で包んだ京菓子
 北野天満宮門前の長五郎本舗で売られる

 <粟餅(あわもち)>
 北野天満宮の門前茶屋の名物菓子

 <俗諺
 「弘法さんが晴れやったら天神さんは雨や
 東寺弘法さんの市が毎月21日に行われ、
北野天満宮の天神市が毎月25日に行われる
 その五日間の間に、天候のサイクルにより晴雨が変わることをいい表す

 <菅原道真の祟り
 菅原道真が、藤原時平の策略で無実の罪で大宰府に流され、無念のまま死去してから京では天変地異が続き
「菅原道真の祟り」と噂されるようになった

 <落語の発祥の地
 江戸時代中期
 貞享・元禄年間(1684年〜1704年)
 北野天満宮境内で、露の五郎兵衛(つゆのごろべえ)が、辻ばなしを口演していたといわれる

 <北野上七軒
 東門の門前に形成された花街
 上京北野界わい景観整備地区に指定されている

【北野天満宮へのアクセス】

 市バス 北野天満宮前
 京福電車 北野白梅町駅 徒歩約5分

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