地図情報
菅大臣神社(かんだいじんじんじゃ)は、西洞院通の東側の仏光寺通と高辻通の間にある神社
この地は、菅家(菅原氏)の邸宅地で、菅家廊下(かんけろうか)といわれた学問所の跡地でもある
菅原道真が誕生した地で、産湯に使われたといわれる天満宮誕浴の井が残り、
幼少の頃には、学問に励んだといわれ、天満宮降誕之地の石碑が立つ
かつては、「天神御所紅」「白梅殿」とも称され、仏光寺通を挟んで北側には、北菅大臣神社(紅梅殿跡)がある
創建当時、菅家(菅原氏)邸宅の広さは、仏光寺通を中心に南北二町、東西一町あったといわれる
<本殿>
三間社流造、銅巻柿葺
1869年(皇紀2529)明治2年
三間社流造の下鴨神社の本殿(1835年(皇紀2495)天保6年の建立)が移築される
その後、幣殿が建立されて、八棟造(やつむね)となっている
<幣殿>
<北の鳥居> 仏光寺通
<南の鳥居> 高辻通
<西の鳥居> 西洞院通
<狛犬(こまいね)>
社殿前の狛犬
右前足を上げて、足の甲の上に玉を載せている珍しいもの
<天満宮誕生水の井戸>
本殿の南
菅原道真の産湯に使われたといわれる井戸
「天満宮誕生水」の石碑が立っている
<飛梅>
菅原道真が太宰府に左遷される前に、紅梅殿にあった梅に、
「こち吹かば匂ひをこせよ 梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」と詠んだところ、
菅原道真を慕って、一夜のうちに太宰府に飛んで行ったいったといわれる
現在は、白梅殿(菅大臣天満宮)の鳥居の横に立っている
<菅家邸址の石碑>
北の鳥居の脇に立つ
<天満宮降誕之地の石碑>
北の鳥居の脇に立つ