出雲大神宮(いずもだいじんぐう)(IzumoDaiJinguu)

所在地:亀岡市千歳町千歳出雲無番地   ちず丸地図情報

祭神:大国主命、三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)(大国主命の后神)
配祀:天津彦根命、天夷鳥命

社格延喜式式内社(名神大社)丹波国一の宮国幣中社、単立神社

旧称:出雲神社

通称:出雲さん、元出雲、千年宮

ご利益:長寿、縁結び、金運

 出雲大神宮(いずもだいじんぐう)は、亀岡市の北東部の千歳町にある丹波国一の宮で「元出雲」と称される神社

 飛鳥時代に、当社から大国主命が、島根 出雲大社へ遷されたといわれ「元出雲」と称される

 神社本庁には属さず、単立神社となっている

 背後に禁足地となっている神体山「千年山」があり、「千年宮」とも称される

 吉田兼好の「徒然草」の第236段で、「丹波に出雲と云ふ処あり」と、出雲大神宮の旧称「出雲神社」のことが記されている

 亀岡市から京都市に流れる保津川桂川)は、祭神の三穂津姫命の「みほつめひめ」から命名されたといわれる

【出雲大神宮の歴史・経緯】

 創建は、不詳

 「古事記」や「日本書紀」によると
 祭神の大国主命は、末社の祭神 少那毘古名命(すくなひこなのみこと)と国土繁栄に尽力され、
その後、皇孫に国を譲り、幽世(かくりょ)を統治すべく、現在の島根県にある出雲大社に鎮座される事となる

 丹波国はちょうど出雲と大和の両勢力の間に位置し、丹波国において国譲りの神事により日本建国が行われたとされ、
大国主命が、出雲大神宮に祀られたといわれる

 「丹波国風土記」には、
 「奈良朝のはじめ元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す。即ち今の出雲大社これなり。」と記されており
 大国主命が、当社より出雲大社に勧請されたといわれ、「元出雲」として信仰されている

 大国主命は、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の娘である三穂津姫命を后神とされ、自らが縁結びの御神徳を得て
天地結びの神、縁結びの神として信仰される

 御陰山は、国常立尊が鎮座されている聖地として、禁足の地とされている


 BC97年(皇紀564)崇神天皇元年頃
 崇神天皇が、丹波国を平定され、当宮を創建されたといわれる

 奈良時代中期
 709年(皇紀1369)和銅2年10月21日
 社殿が創建される

 「日本紀略」によると
 818年(皇紀1478)弘仁9年12月16日条に「丹波国桑田郡出雲社、名神に預る」と記されている有力な神社であった

 905年(皇紀1565)延喜5年
 延喜式神名帳で、式内社(名神大社)に列される

 鎌倉時代末期
 現在の社殿が再建される(旧国宝、現在は重要文化財)

 1292年(皇紀1952)正応5年
 最高位の正一位の神階を賜る

 明治時代
 島根の杵築大社が「出雲大社」と称されるようになり、当社は「出雲神社」から「出雲大神宮」と称されるようになる

 2009年(皇紀2669)平成21年
 社殿創建1300年を迎えたといわれる



【出雲大神宮の祭神】

 二神の夫婦神が祀られている

 <大国主命
 古事記などにも登場する、日本の国堅め・国造りを行った神さん
 丹波湖開拓伝説によると、若いころの(名前)大己貴命が、湖だった丹波湖を、保津峡を切り開いて丹波国を造られたといわれる

 その後、天照大御神への国譲りにより、出雲大神宮から島根の出雲大社へ勧請された


 <三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)>
 大国主命の后神
 高皇産霊神(タカミムスビノカミ)の娘
 丹波湖開拓伝説による大国主命が切り開いた保津川桂川)の名前の由来とされる



 国造(くにのみやつこ)の祖とされる二神が配祀されている

 <天津彦根命(アマツヒコネノミコト)>
 天照大御神の御子神で、山代国造の祖とされる

 <天夷鳥命(アメノヒナトリノミコト)>
 天菩比神(天穂日命)の御子神で、出雲国造の祖とされる


 祭神の三大御神徳

 <長寿>
 御神体山より絶えず湧き出ている清き霊水「真名井の水」は、どんな病気にも効くといわれる痛み止めの水といわれる
 古来から「天下の名水」といわれる

 <縁結び>
 夫婦神が祀られており、縁結びのご利益が得られるといわれる
 単純に男女の仲を結ぶだけでなく、全ての人が幸福なるように、お互いのためのつながりが結ばれるように、
「人の幸福の縁を結んで下さる」といわれる

 <金運>
 常に清き誠の心をもって、生業の道に励み信奉することができるといわれる



【出雲大神宮の境内】

 <本殿(重要文化財)>
 平入三間社流造、檜皮葺の中世神社建築の様式
 正面に一間の向拝があり、外陣に前庇があり、内陣・内々陣に身舎をあて、奥に行くほど格式を高めてる
 外陣と内陣部分には高欄付きの縁があり、身舎側面の中央柱の所に脇障子を立てて見切り、身舎後半部には縁がない
 建坪14坪弱
 709年(皇紀1369)和銅2年の建立
 1345年(皇紀2005)貞和元年
 足利尊氏によって改修されたといわれる

 3枚の棟札が発見され、
 そのうち1445年(皇紀2105)文安2年11月26日のものは「御願主源右享(京)大夫殿」と記されており、
 室町幕府の管領職 細川勝元とも関係があるといわれる
 1906年(皇紀2566)明治39年、旧国宝(現在の重要文化財)に指定されている


 <拝殿>
 妻入入母屋造・檜皮葺・舞殿形式
 1878年(皇紀2538)明治11年に官費により建立される
 10月21日の例大祭や、4月18日の花鎮祭に、巫女による御神楽「浦安の舞」が奉納される


 <中門>
 平入切妻造


 <さざれ石>
 一ノ鳥居を超えたところにある
 台座に国家が刻まれている

 <しあわせ、なでうさぎ>
 一ノ鳥居を超えたところにある
 古事記にも登場する、祭神 大国主命に助けられた因幡の白兎
 飛び跳ねることから、運気の上昇や飛躍を象徴する動物とされる
 体を撫でると幸せが訪れるといわれ、自分の体の痛い部分と同じ所を撫でると痛みや病気がやわらぐともいわれる


 <大国 恵比須舎(だいこくえみすしゃ)>
 大国さんは、祭神の大国主命で縁結びの神さん、
 七福神恵比須さんは、笑殿社の事代主神のことで商売繁盛の神さんとされる


 <真名井の水>
 御神体山の御蔭山から絶えず湧き出ている清き霊水
 日本水質保健研究所によると、「ミネラルがバランスよく含まれる健康によい理想の水」とされる名水


 <招霊木(おがたまのき)>
 モクレン科の常緑高木
 参拝者に神徳を与え、人々に幸福を授ける神宿る木とされる
 樹齢1500年以上
 胸高幹周1.55m、樹高15m
 3月中旬〜下旬に、可憐な花を付け、10月に赤い実を付ける

 京都府には、オガタマノキの自生種は見つかっていない
 花は香り高く、主に神社に植えられ、木材は固く家具などに用いられる

 2012年(皇紀2672)平成24年3月20日に、このオガタマノキの苗木の植樹祭が行われる


 <御蔭の滝(みかげのたき)>
 奥の山の中腹にある
 竜神乃神が祀られている滝


 <夫婦岩>
 <手水舎>
 <社務所>


 <参集殿(さんしゅうでん)>
 4月と10月の大祭後の直会会場として使用される
 結婚式の控え室や、地域の行事などにも利用されている


 <神宮寺>
 1871年(皇紀2531)明治4年
 出雲極楽寺として借地移転する
 十一面観世音菩薩像(重要文化財)が安置されている

 <古墳>
 131年(皇紀791)成務天皇元年以降の頃
 横穴式、前方後円墳車塚古墳
 成務天皇のものと推定されている



【出雲大神宮の摂末社】

 かつては、36社の摂末社があったが、兵火により失われてしまっている

 <上の社(かみのやしろ)>
 祭神:素戔嗚尊 厄難消滅の神
    櫛稲田姫命
 上の社祭:毎月14日
 上の社の本殿は、出雲大神宮本殿を手本にした、向拝を設けた流造で、一間社の珍しい構造
 擬宝珠に、創建が1813年(皇紀2473)文化10年と刻まれている


 <黒太夫社>
 祭神:猿田毘古神 万事導きの力を司る国津神
    大山祇神 全ての山を司る神
 黒太夫社祭:毎月8日
 黒太夫社は、当地の氏子祖先神を祀るといわれ、本殿に参拝するに先立ってお参りされる


 <笑殿社(わらへどのしゃ)>
 祭神:事代主神大国主命の御子神)商売繁盛の神
    少名毘古那神 温泉を民衆に広めた医薬・健康の神
 笑殿社祭:毎月14日


 <春日社>
 祭神:建御雷之男神、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)
 月次祭:毎月14日
 ご利益:開拓開運・武道守護・学芸向上・勉強守護
 建御雷之男神は、大国主命による国造りが終わり、皇孫への国譲りのときに、天津神の使者として遣わされた神で、武勇の神さま
 天変地異に優れ、雷・地震の神さんといわれ、地震を制御する役割を担っている神さんとされる
 天児屋根命は、高天原で祭祀を司る興台産霊神(こととむすびのかみ)の御子神
 天照大御神が天岩戸に隠れられたとき、美声で祝詞を奏上して出現を請願された
 古来より祭祀を司ってきた藤原氏の祖神で、勉強・受験の神さま
 かつて、藤原氏の一族 一条家(後の西園寺家)が、出雲大神宮の領家職であったことに由来する


 <稲荷社>
 祭神:宇迦之御魂神
 稲荷社祭:毎月23日
 ご利益:五穀豊穣・商売繁盛の神
 上の社祭神の素戔嗚尊と、黒太夫社祭神 大山祇神の娘神 神大市比売との間に生まれた御子神


 <崇神天皇社(すじんてんのうしゃ)>
 祭神:第十代天皇 崇神天皇(御真木入日子印恵命)(ミマキイリヒコイニエノミコト)
 崇神天皇社祭:毎月14日
 ご利益:国家安泰・産業守護
 出雲大神宮が、崇神天皇により再興されたといわれている
 「日本書紀」によれば「御肇国天皇(ハツクニシラススメラミコト)」と記され、実際に存在した最初の天皇といわれる
 大和三輪山山麓の磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや)を都とされ、即位されて、神鏡霊剣を倭笠縫邑(やまとかさぬいむら)に遷し、
天照大御神を祀られる
 国家と神社の制度を整えられ、大和朝廷の基盤を確立される


 <辨財天社(べんざいてんしゃ)>
 祭神:市杵嶋姫命 芸能・財運・女性の神・辨財天
 辨財天社祭:毎月23日
 宗像大社に祀られている宗像三女神のうちの一人の御分霊が祀られている


 <祖霊社>
 例祭日:春分・秋分の日
 出雲大神宮歴代の神職、役員、総代氏子や、特別崇敬者の物故者を顕彰して祀られている


 <御蔭山(みかげやま)>
 別名:大八洲国 国祖神社(おおやしまのくに くにのみおやのじんじゃ)
 祭神:国常立尊(クニノトコタチノミコト)
 國祖祭:毎月25日
 本殿が建てられる以前から、国祖として祀られていた御神体山
 「富士古文書」には、出雲大神宮祭神の三穂津姫命が奉仕し、隠れられたときには、この御蔭山に葬られたと記されている
 御蔭山は、古くから「千年山」と称されている

 宗尊親王の和歌
 「千年山 これやむかしのさされ石いは ほにふかき苔のいろかな」
 藤原為章によれば、古歌や旧記にある「千年山」は、御蔭山のこととされる


 <磐座(いわくら)>
 奥の山の中腹にある
 周辺は、神域とされ、禁足地となっている
 大國祭:毎月15日







【出雲大神宮の文化財】

 <木造 男神坐像2躯(附木造男神坐像1躯)(重要文化財)>

 <出雲極楽寺の木造 十一面観音菩薩立像(重要文化財)>
 隣接する出雲極楽寺の収蔵庫に安置されている
 平安時代前期の作
 かつて、出雲大神宮の神宮寺の本地仏であり観音堂に安置されていたもの
 干ばつのときには、神饌田に運び出して水をかけるなどして仏を怒らせることで、降雨を願う雨乞い神事が行われていた
 「雨乞観音」と称される
 明治維新の神仏分離令後の廃仏毀釈に伴い、出雲大神宮の神宮寺が廃され、出雲極楽寺に遷された

【出雲大神宮の祭事】

 <歳旦祭> 1月1日

 <粥占祭(よねうらさい)>
 1月15日(小正月)
 3本の竹筒に入った粥の米と小豆の量で一年の稲の収穫の豊凶が占われる
 前夜
 宮司による火入れ神事(浄火)が行われたあと、秘伝の方法により神饌所で小豆を混ぜた粥が炊き上げられる
 午前7時
 本殿で祭典が行われ、炊き上がった粥と共に御神前にお供えされた後、宮司により粥占が行われる
 3本の竹筒に、一、二、三と刻まれ、一は早生(わせ)、二は中生(なかて)、三は晩生(おくて)を示す
 炊き上げた粥を椿の葉で包み御神札と一緒に竹筒に挟み、豊作の御守として田畑に挿しておけば、虫除けになり、
豊作になるといわれる

 <紀元祭> 2月11日
 <祈年祭> 2月17日

 <私大祭(鎮花祭)>
 4月18日
 京都府無形文化財 風流花踊
 拝殿において、雅楽に合わせて、巫女による浦安の舞が優雅に奉奏される
 雨乞い神事が由来といわれる出雲風流花踊も行われる

 <夏越大祓式
 6月30日
 大祓式は、古来より続く伝統行事で年2回行われる
 保津川の清流にて、上半期の罪や穢れの一切を祓い清める

 <秋祭(法會)> 8月18日

 <例大祭>
 10月21日
 奈良時代中期 709年(皇紀1369)和銅2年10月21日に
 出雲大神宮の社殿が創建されたことに由来する

 <新嘗祭> 11月23日
 <師走大祓式> 12月31日

【その他】

 <丹波湖開拓伝説
 亀岡盆地は、太古は湖であったといわれ、湖が開拓された伝承が各地に残っている
 出雲大神宮には、丹波国や日本の国土を造られ、国を治められていた大国主命が祀られている

 大国主命は、その後、天照大御神への国譲りにより、出雲大神宮から島根の出雲大社へ勧請された




【出雲大神宮へのアクセス】

 JR山陰本線(嵯峨野線) 亀岡駅から
 京阪京都交通バス 約15分 「出雲神社前」下車すぐ

 駐車場あり


【京都検定 第14回2級】

【京都検定 第6回1級】


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