地図情報
石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)は、八幡市の男山山頂にある神社
王城守護の神、王権の神として歴代朝廷に崇拝されるとともに、
源氏が氏神としたことから、武の神、弓矢の神、戦勝の神さんとして武家の信仰も厚かった
日本三大八幡宮の一つで、本社は伊勢神宮に次ぐ国家第二の宗廟とされている
明治までは神仏習合の神社で、神仏分離までは付属の寺院が多数存在していた
男山の地は、京都の裏鬼門(南西)にあたる
桂川・宇治川・木津川の3つの川の合流点を挟んで天王山と対峙する交通の要所であり、
政治的にも重要な拠点である
染井吉野、ボタン桜などの桜の名所
<本殿(重要文化財)>
1634年(皇紀2294)寛永11年の建築
現在の社殿が、三代将軍 徳川家光によって造営された
内殿と外殿の2棟が、相の間を介して前後に並べて建てられており「八幡造」と称される
その前に幣殿、舞殿、楼門が続き、周囲を180mにおよぶ回廊で囲まれている
すべての建物が丹漆塗りで、随所に極彩色の彫刻が刻まれている
<黄金の樋>
本殿の棟の間に架けられている
1580年(皇紀2240)天正8年
織田信長によって寄進されたもの
<幣殿(重要文化財)>
<舞殿(重要文化財)>
<楼門(重要文化財)>
<東門(重要文化財)>
<西門(重要文化財)>
<廻廊(重要文化財)>
<五輪塔(重要文化財)>
<清峯殿>
<青雲寮>
<石翠亭>
<楠峯館>
<鳩峯庵>
<信長塀>
<男山の桜>
男山全体で約2000本の桜がある桜の名所
染井吉野(ソメイヨシノ)、枝垂桜(シダレザクラ)、牡丹桜(ボタンザクラ)などがある
江戸時代中期の文人 柏村直條が「八幡八景」の一つに選ぶ
江戸時代後期に、ほとんど枯れてしまうが、同宮の宮大工 藤原尚治が復活させる
幕末維新の鳥羽伏見の戦で、山麓の桜は大半が焼けてしまう
戦後、1952年(皇紀2612)昭和27年から植樹が進められる
1987年(皇紀2647)昭和62年から桜まつりが行われている
<離宮八幡宮>
石清水八幡宮の元社にあたる神社
<御文庫のクスノキおよび神楽殿のクスノキ(京都府指定天然記念物)>
楠木正成手植えのものもある
<エジソン記念碑>
1879年(皇紀2539)明治12年
トーマス・アルバ・エジソンが炭素白熱電球を発明し、石清水八幡宮境内に生えている竹が
フィラメントの材料として最も適しているとされ、10数年間、この竹を使ってたくさんの炭素電球が作られ、
炭素白熱電球の実用化に貢献した
<成人祭> 1月15日
<厄除大祭> 1月15日〜19日
<青山祭> 1月18日
<鬼やらい神事> 節分前の日曜日
<湯立神事> 2月1日、3日
<初卯祭 御神楽> 2月上卯日
<男山桜まつり>
4月1日〜中旬
舞楽奉納 都山流尺八楽会 武道大会
<御鎮座祭> 4月3日
<石清水灯燎華> 5月4日
<表千家献茶祭> 5月28日
<水無月の大祓式> 6月30日
<高良社祭 太鼓まつり> 7月18日
<勅祭 石清水祭>
9月15日
日本三勅祭の一つ(賀茂祭(葵祭)、奈良の春日祭)の勅祭社
賀茂社の賀茂祭(葵祭)を「北祭」と称するのに対して、「南祭」と称される
弓、鉾、神宝と童子童女、神人など総勢約500人の神幸列がある
放生会なども行われる
<裏千家献茶祭> 10月6日
<交通安全大祭> 11月19日
<御誕辰祭 御神楽> 12月14日
<年越大祓式> 12月31日
<徒然草>
徒然草第52段「仁和寺のある法師」
仁和寺の老僧が「一生に一度は石清水八幡宮へ行きたい」との念願が叶って参拝に出向いた
しかし、ふもとにある高良社や極楽寺などを参拝して満足してしまい、
今いるところが石清水八幡宮だと思い込んでしまい山には登らなかったという故事
「どんな小さなことをするにも案内人が必要である」という逸話
<走井餅>
歌川広重の「東海道五十三次」にも登場する大津名物
明治時代末期から表参道で売られる名物菓子
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