八大神社(はちだいじんじゃ)(HachidaiJinjya)


所在地:京都市左京区一乗寺松原町   地図情報

祭神:素盞鳴命(すさのうのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)、八王子命(はちおうじのみこと)

創建:1294年(皇紀1954)永仁2年3月15日

御利益:方除・厄除、縁むすび、学業、農耕・水、禊祓いの神様

 八大神社(はちだいじんじゃ)は、詩仙堂の東隣に位置する一乗寺の産土神

 京都の東北隅「表鬼門」に位置しており、方除の神としても厚く信仰されている

 「北天王(北の祗園)」とされ、皇居守護神12社中の1社であり、祗園社(現在の八坂神社)と同格であった

 後水尾天皇、霊元天皇、光格天皇などの修学院離宮行幸の際には、白銀などが奉納された

 剣聖 宮本武蔵が、吉岡一門との決闘に行く途中で立ち寄り、勝運を祈ろうとしたといわれるゆかりの地

【八大神社の歴史・経緯】



【八大神社の境内】

 <本殿>
 1926年(皇紀2586)大正15年
 現在の本殿が造営される

 <一乗寺下り松
 本殿西横に、宮本武蔵と吉岡一族との決闘を見守ったといわれる「初代の一乗寺下り松」が保存、奉られている
 勝運のご利益があるとされる

 吉川英治の小説「宮本武蔵」「随筆宮本武蔵」で、吉岡一門との決闘の際の「開悟(悟り)の地」とされている
 もともとの古木があった位置は、詩仙堂前の坂の途中あたり

 <宮本武蔵像>
 本殿横
 2002年(皇紀2662)平成14年10月27日
 決闘に挑む宮本武蔵のブロンズ像が建てられる

 <鎮守の森>
 参道脇にある

 <淡墨桜(うすずみざくら)>
 鎮守の森に立つ
 1993年(皇紀2653)平成5年
 岐阜県根尾村から、鎮座七百年祭の記念に植樹されたもの
 満開を過ぎると、花びらの色が薄い墨色に変わる

 <摂社 皇大神宮社>
 天照大御神が祀られている

 <末社>
 左から、日吉大神社、八幡大神社、賢防大神社、諏訪大神・竈大神社、春日大神・新宮大神社、
赤山大神・貴布祢大神社、加茂大神・柊大神社が祀られている

 <境内神社 常盤稲荷神社>
 倉稲御魂神が祀られている

 <末社 大将軍社>
 鷺森大神が祀られている

 <末社 山ノ神社・牛宮社>
 山ノ神が祀られている


【八大神社の文化財】

 <壁画>
 日本最古の木造神社壁画
 893年(皇紀1553)寛平5年
 巨勢金岡作

 <剣鉾>
 「柏」「龍」「」の三基の剣鉾がある
 悪霊を威嚇する威力が示される

 <絵地図>
 1751年(皇紀2411)宝暦元年に描かれた江戸時代中期の一乗寺の絵地図

 <鳥居堅額>
 1725年(皇紀2385)享保10年6月

 <社頭横額>
 1643年(皇紀2303)寛永20年2月
 石川丈山の筆

【八大神社の祭事】

 <七御供祭(ななごくうさい)>
 初御供祭:1月5日
   一年の無病息災が祈願される

 草餅御供祭(弥生祭):3月3日
   蓬(よもぎ)の団子を、ひし形の五段重ねにして神前にお供えされる
   桃の節句と、五穀豊作、氏子の安泰が祈願される

     粽御供祭(ちまき ごくさい)(端午祭):5月1日
   神前には御供と粽(ちまき)、各社殿の屋根には菖蒲(しょうぶ)と蓬(よもぎ)がお供えされる
   端午の節句と、5日の大祭(神幸祭)まで無事に奉仕できるように祈願される

 朝御供祭:5月5日
   大祭(神幸祭)の早朝、小判型にのばした五重の熨斗(のし)の餅がお供えされる
   大祭が、無事に進行されることが祈願される

 七夕御供祭:8月7日
   立秋の前日、七夕祭として、御供と素麺がお供えされる
   稲の生育と、氏子たちの無病息災が祈願される
   夜には、夏越大祓が斎行される

 栗御供祭:10月上旬
   柿、栗がお供えされる
   秋の稲の刈り、実りに感謝し、重陽の節句(旧9月9日)を祝う
   秋の湯立祭も行われる

 髪置・袴着・帯解御供祭 (七五三詣祭):11月3日
   子供の健やかな成長を感謝して七五三詣りが行われる

 <節分祭(厄除祓神事)>
 2月節分

 <歳旦祭>
 1月元日

 <例祭>
 5月4日

 <宵宮祭>
 5月4日午後7時頃より
 本殿で、宵宮祭の神事の後、境内の灯火がすべて消され、闇夜の中で神輿へ御神体が遷される
 太鼓の合図で神輿が担がれ、本殿前の石段を降り、神楽殿前を往復する
 その後、鳥居を出て参道から一乗寺下り松に向かい、そこから北の四つ辻、南の京道の十字路まで巡行する

 <神幸祭(氏子祭)>
 5月5日
 上一乗寺、下一乗寺、一乗寺住宅自治会の神輿が、それぞれの地域で巡行する

 <神弓祭(古式弓執神事)>
 4月第1日曜日
 本殿での神事の後、神前で弓で的を射り、邪気を祓う「歩射祭」
 二人の弓執りが、二本の矢をそれぞれ3ずつ的に放つ

 <遷御祭(宮座督殿渡し)>
 4月第1日曜日
 神弓祭の後、神前にて、宮座の督殿引継ぎの儀式「御鍵渡し」が行われる
 深夜、督殿家の神床に一年間、祀られていた神号軸(御分霊)が、晒(さらし)で包まれ、無言無燈で送られ、
新しい督殿家の神床に神号軸が遷される
 八大神社の御神宝が、天井の床の間寄りに吊るした竹の「お棚」に遷される
 この神事は、人と会わないで行われることになっており、昔の村人は、外出を控え消灯して気配りをしていたといわれる
 督殿は、一年間その部屋で一人で寝起きをして、早朝に氏子安泰の祝詞を奏上することが日課となる

 宮座(みやざ)は、氏子の代表者32名で組織される
 督殿(こどの)は、宮座の長

 <湯立祭>
 神明裁判の一つの禊の神事
 事の真偽正邪を裁くため、熱湯に触れ、正しいものはただれず、邪(よこしま)なものはただれるとされる
 神前でお湯を沸かし、巫女がその熱湯に笹の葉を浸して、自分の身や、参拝人にふりかけ、神の託宣を得る
 八大神社では、夏と秋の年二回行われる

 <早苗振祭(さなぶりさい)>
 7月上旬
 茹でた蚕豆(そらまめ)と、塩押しした胡瓜(きゅうり)がお供えされ、早苗の生育が祈願される
 氏子の農家が田植えを済ませた頃に行う湯立祭

 <秋季湯立祭>
 10月上旬
 栗御供祭の日に合わせて行われる
 稲の実りに感謝し、取り入れの時期に行われる

宮本武蔵

 吉川英治の小説「宮本武蔵」によると
 1604年(皇紀2264)慶長9年
 宮本武蔵が21歳の時、八大神社の境内にあった「一乗寺下り松」の下で、吉岡一門と決闘を行った
 決闘の朝、宮本武蔵は、八大神社の神に勝利を祈願しようと立ち寄ったが、神の寸前で考え直し、
そのまま戦いに挑んだといわれる
 遺文「独行道」によると、「我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」と記されている
 決戦場の一乗寺下り松は、詩仙堂前の坂の途中あたり

【八大神社へのアクセス】

 市バス 一乗寺下り松町 東へ徒歩約5分
 叡山電車 一乗寺 東へ徒歩約8分


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