地図情報
伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は、全国約4万社の稲荷神を祀る稲荷神社の総本宮
お稲荷さんは、農業の神であり、五穀豊穰・商売繁盛・交通安全などのご利益がある
平安京の五条より南が氏子圏となり、祗園社と二分していた
東山三十六峰最南端の稲荷山西北にあり、
稲荷山には信者から寄進された約1万基の朱の鳥居が林立し「千本鳥居」と称される
摂社・末社も多く、山中の神蹟を巡拝する約4kmの「お山巡り」ができる
<稲荷山>
東山三十六峰の最南端に位置する霊峰で、御神体山として信仰されている
海抜233m
「三ケ峰」とも称され、三つの峰が西から東へと段々に高く連なる
山麓の本社に近い峰から、「三ノ峰」「二ノ峰」「一ノ峰」と称し、三ノ峰と二ノ峰の中程に「間の峰」、
三ノ峰の北方に「荒神ヶ峰」が連なっている
参道には朱の鳥居が立ち、無数のお塚が造られている
<本殿(重要文化財)>
神社建築物としては大型とされる
社記には「御本殿五社相殿ウチコシナガシ作四方ニ高欄有ケタ行五間五尺ハリ行五間五尺」と記されている
「稲荷造」とも称され、本殿の棟から前拝への屋根が極めて長い流造
内拝殿の正面の向拝は、元禄年間(1688年〜1704年)に本殿に付け足されたものが、
昭和時代に内拝殿が建造されたときに付設された
軒下には「懸魚」の金覆輪や、「垂木鼻」の飾金具、前拝に付けられた蟇股など
桃山時代の豪華な彫刻が施されている
1468年(皇紀2128)応仁2年
応仁の乱の兵火により、境内の社殿堂塔の全てが焼亡する
1499年(皇紀2159)明応8年の再建
<楼門>
1589年(皇紀2249)天正17年
豊臣秀吉の建立
豊臣秀吉が「母親 大政所殿の病悩平癒祈願が成就すれば一万石奉加する」と記した「命乞いの願文」が存在する
楼門の解体修理のときに、願文の年次と同じ「天正17年」の墨書が発見された
<外拝殿>
<神楽殿>
外拝殿の横にある
<内拝殿>
本殿前
1961年(皇紀2621)昭和36年の建造
<権殿(かりどの)(若宮)>
1589年(皇紀2249)天正17年の建立
<御茶屋(おちゃや)(重要文化財)>
二部屋からなり、書院造から数寄屋造へ移る遺構の建物で貴重
七畳の主室は、床・付書院・違棚を設けた書院造で、柱や漆塗りの框などは数寄屋造の意匠となっている
貴族好みのお茶屋の代表例
江戸時代初期に仙洞御所にあった建物
1606年(皇紀2266)慶長11年
後水尾上皇の非蔵人として仕えていた伏見稲荷大社祠官 羽倉延次が、後水尾上皇から下賜されたものといわれる
<千本鳥居>
約1万基の「稲荷塗」といわれる朱色の鳥居がある
鳥居を奉納する習わしが、江戸時代に始まったといわれる
<一の鳥居・二ノ鳥居>
表参道に立つ大鳥居
明神鳥居様式に構造的な補強のため、柱の上部と島木の接合部に台輪があり、台輪鳥居(だいわとりい)と称される
稲荷神社に多い鳥居で、稲荷鳥居(いなりとりい)とも称される
<眷属像(けんぞくぞう)>
境内には、稲荷大神の神使である狐(きつね)の眷属像が数多く建立されている
<歌碑>
「あかあかと ただあかあかと 照りゐれば 伏見稲荷の~と思ひぬ」前川佐美雄(楼門前)
「早苗挿す 舞の仕草の 左手右手」山口誓子(神楽殿横)
<奥社奉拝所>
お山を遥拝するところで「奥の院」と称される
本殿の東方から千本鳥居をぬけたところにある
「命婦谷」と称されるところで、稲荷山三ケ峰が、この社殿の背後にある
1794年(皇紀2454)寛政6年
現在の社殿が建立される
1975年(皇紀2635)昭和50年
社殿を後方の現在の位置に移され、前に拝所が建立される
<おもかる石>
奉拝所の右側後にある一対の石灯篭
灯篭の前で願い事の成就可否を祈願して、石灯篭の空輪(頭)を持ち上げ、
そのときに感じる重さが、自分が予想していたよりも軽ければ願い事が叶うといわれる試し石
<お塚>
明治時代、稲荷山に七神蹟地が確定され、その親塚が造営される
その周辺に、信者個人によって、石に神名を刻んだ「お塚」が奉納されるようになる
数万のお塚があるといわれる
<新池(熊鷹社)>
「谺ケ池(こだまがいけ)」とも称される
池に突き出た石積みに拝所が設けられ、熊鷹大神の御塚とされる
行方不明になった人を探す時、池に向かって手を打ち、こだまが返ってきた方向に手がかりがつかめるといわれる
火焚祭:11月17日
<一ノ峰(上之社神蹟)>
稲荷山の最高峰で、標高233mあるところ
末広大神として、親塚が作られる以前から信仰されている
火焚祭:11月10日
<二ノ峰(中之社神蹟)>
青木大神として信仰されている
火焚祭:11月11日
<間ノ峰(荷田社神蹟)>
伊勢大神として信仰されている
神域入口の石鳥居は、「奴祢鳥居(ぬねとりい)」と称され、
額束の両側に合掌状の破風扠首束(さすつか)をはめた珍しいもの
火焚祭:11月25日
<三ノ峰(下之社神蹟)>
白菊大神として信仰されている
ここから出土した変形神獣鏡が、京都国立博物館に保管されている
火焚祭:11月9日
<釼石(長者社神蹟)>
「山上古図」には、「釼石(雷石)」と記されているところ
稲荷山の三つの峰と同じように、古くからの神祭の場とされる
神蹟の左に、「焼刃の水」と称される井戸がある
火焚祭:11月6日
<御膳谷奉拝所>
稲荷山三ヶ峰の北背後にあたり、「御前谷」ともいわれ、
かつては、ここに神饗殿(みあえどの)と御竈殿(みかまどの)があり、三ヶ峰に鎮まる神々に神供をした所といわれる
三つの峰の渓谷がここに集まっており、一の峰・二の峰・三の峰を拝する重要なところとされる
大山祭(山上の儀):1月5日
この日の午前中に、稲荷山七神蹟の玉垣に注連縄を張る「注連張神事」が行なわれる
御饌石と称される1m四方ほどの神石の上に、中汲酒を盛った古式の齋土器七十枚がお供えされる
初午祭:2月初午の日(新暦)
御塚大祭:2月初午の日(旧暦)
火焚祭:11月28日
<清滝>
御膳谷奉拝所から北へ向かって約200m程下ったところにある清滝
西の方へ川に添って下れば、北谷を経て東福寺・泉涌寺へ出る
火焚祭:11月12日
<荒神峰(田中社神蹟)>
権太夫大神の神蹟
稲荷山十二境図詩に「孤巒返景色」とあり、京都市内中心部から以北の景観が望める
火焚祭:11月13日
<御幸奉拝所>
1963年(皇紀2623)昭和38年に開かれた神域
平安時代より「御幸辺(みゆきべ)」と称される尾根で、お山参詣の重要な経路だった
火焚祭:11月26日
<筆塚>
伏見稲荷大社を崇敬していた横山大観画伯の筆塚
御幸奉拝所にあり、周りには黒竹が植えられている
<摂社 大八嶋社>
祭神:大八嶋大神(おおやしまおおかみ)
例祭:12月初申の日
古くから社殿がなく、朱の玉垣で囲んで禁足地とされている
<奥宮>
祭神:稲荷大神
例祭:1月4日
<白狐社>
祭神:命婦專女神(みょうぶとうめのかみ)
例祭:1月4日
<玉山稲荷社>
祭神:玉山稲荷大神(たまやまいなりおおかみ)
例祭:8月15日
<両宮社>
祭神:天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)・豊受皇大神(とようけのおおかみ)
例祭:10月17日
<五社>
八幡宮:応神天皇(おうじんてんのう)
日吉社:大山咋神(おおやまくいのかみ)
若王子社:若王子大神(にゃくおうじおおかみ)
猛尾社:須佐之男命(すさのおのみこと)
蛭子社:事代主神(ことしろぬしのかみ)
<荷田社>
祭神:荷田氏の祖神
例祭:12月13日
<長者社>
祭神:秦氏祖神
例祭:8月8日
<熊野社>
祭神:伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)
例祭:7月14日
<藤尾社>
祭神:舍人親王(とねりのしんのう)
例祭:5月5日
<霊魂社>
祭神:物故職員特別崇敬者の霊
例祭:秋分の日
<境外摂社 田中神社>
東山区本町20丁目
<御旅所>
南区西九条池ノ内町
末社 上命婦社
末社 下命婦社
末社 大神宮
<歳旦祭> 1月1日
<大山祭(おおやまさい)>
1月5日
山上神事
<奉射祭>
1月12日
蛇を形どった大的を50m先に立てて、神官が弓で射て、その年の豊凶を占う
<厄除祭> 1月18日
<初午大祭(はつうまさい)>
2月の初午(はつうま)の日
大社を創建されたゆかりの秦伊呂具(はたのいろぐ)を偲び、
畑菜の辛子和え(からしあえ)を食べて、伏見稲荷大社へ参拝する
秦氏にかけて畑菜とし、稲荷大社に仕える狐の好物の辛子を利かせて食べると縁起がいいといわれる
本殿や摂末社の柱には、2日前の辰の日に、稲荷山の杉と椎(シイ)の枝葉を組み合せた「青山飾り(おおやまかざり)」が飾られる
商売繁盛・家内安全の御符(しるし)として、杉の枝で作られた「しるしの杉」が授与される
毎年、参道などで売られている布袋さんを買って帰り、おくどさんの荒神棚に並べられる
711年(皇紀1371)和銅4年2月の初午の日
稲荷大神が稲荷山に鎮座したことに由来するといわれる
<節分祭> 2月3日
<紀元祭> 2月11日
<祈年祭> 2月17日
<献花祭(けんかさい)>
4月1日
華道隆盛を祈願して、池坊社中の奉仕により献花の儀が行われる
<稲荷祭・神幸祭>
4月20日最寄の日曜
稲荷大神が年に一度、氏子区域から伏見稲荷大社 御旅所まで巡幸する最も重要な祭事
<中堂寺六斎念仏>
4月29日
伏見稲荷大社御旅所にて
<産業祭・献茶祭> 4月10日に近い日曜日
<水口播種祭> 4月12日
<例祭(稲荷祭・還幸祭)>
5月3日
5基の神輿が伏見稲荷大社 御旅所から京都駅周辺・松原通までの氏子区域を巡幸して還幸する
平安時代からの伝統の最大の祭事
<藤森神輿前祭> 5月5日
<田植祭>
6月10日
4月の水口播種祭で種おろしされて成長した早苗を、神田に植えて、一年の豊作が祈願される
平安朝の衣装汗衫姿の神楽女により、優雅な御田舞が奉納される
雅楽が流れる中、早乙女30余名による田植神事が行われる
<大祓式> 6月30日
<本宮祭(もとみやさい)>
7月土用入後初の日祝日
稲荷大神のご分霊を祀る全国の崇敬者が総本宮に参拝する大祭
宵宮には、境内の全域に散在の石灯篭や、数千におよぶ献納提灯に灯を点ずる万灯神事が行われる
外拝殿や、その周辺で日本画家などの奉納による約400点の行灯画(あんどんが)が並べられる
参集殿前の広場では、本宮踊りが賑々しく奉納される
<交通安全祈願祭>
9月1日
本殿で祭典が行われ、楼門前で車のお祓いと御札が授与される
<講員大祭(こういんたいさい)>
体育の日の前々日と前日
講務本庁の講員や、崇敬者が、ご神恩に感謝し、家内安全、生業繁栄が祈願されるお祭
中堂寺六斎念仏踊りや狂言が行われる
<醸造祭> 10月21日
<抜穂祭(ぬきほさい)>
10月25日
4月の水口播種祭、6月の田植祭と、大神の御霊の働きによって稔った稲を刈り取る祭事
刈り取られた稲は、11月の新嘗祭に大神にお供えされる
稲葉は、11月の火焚祭に焚き上げられる
<火焚祭(ひたきさい)>
11月8日
秋の収穫後、五穀豊饒・万物を育てた稲荷大神のご神恩に感謝し、春に迎えた稲荷大神を再び山に送る神事
古来からの伝統行事
全国崇敬者から奉納された十数万本の火焚串を火床で焚き上げ、大祓詞を奉唱して、
家内安全・罪障消滅・万福招来が祈願される
火焚神事の後に、神楽女による神楽舞「人長舞」が奉納される「御神楽(みかぐら)」が行われる
<御神楽(みかぐら)>
11月8日
朝廷からの奉納が慣例になっていた古い鎮魂祭にもとづく神事
1863年(皇紀2523)文久3年に再興されたもの
職員によって奉仕され、
庭燎の薄明かりの中、本歌、末歌、和琴、笛、ひちりきが奏でられ、
早韓神が歌われる中、荘重古雅な「人長舞」が舞われる
<新嘗祭(にいなめさい)>
11月23日
抜穂祭で刈取られた新穀を大神に供え、豊作を感謝し、国家平安が祈念される
<天長祭> 12月23日
<煤払祭> 12月申の日
<大祓式(おおはらえしき)・除夜祭>
12月31日
この後半年の罪穢れを祓い形代を河海に流して清々しく新年を迎える神事
<お山の土>
<千本鳥居>
<無数の塚>
<おもかる石>
<験の杉(しるしのすぎ)>
<御劒社の霊岩>
<宗近の井戸>
<奴禰鳥居(ぬねとりい)>
<お産婆稲荷のロウソク>
<八嶋池の大八嶋社>
<狐煎餅(きつねせんべい)>
伏見稲荷大社の門前の名物煎餅
<きつね面>
2月最初の午の日 伏見稲荷大社の初午大祭の食べる干菓子
<稲荷詣に愛宕詣>
雲が南側に流れると、晴れるといわれる
雲が愛宕神社がある西側に流れると、天気がくずれるといわれる
<社家>
伏見稲荷大社の社家には学者が多く、
江戸時代中期の荷田春満(かだあずままろ)も国学者で、
境内に隣接して荷田春満の旧宅が国の史跡として保存されている
<東丸神社>
江戸時代中期の国学の四大人の一人・歌人 荷田春満が学問の神様として祀られている
伏見稲荷大社の大鳥居内の境内に隣接してたっている
京都通メンバページ
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