藤森神社(ふじのもりじんじゃ)(FujimoriJinjya)


所在地:京都市伏見区深草鳥居崎町   地図情報

祭神:7柱
    神功皇后素戔嗚尊、別雷命(わけいかずちのみこと)
    日本武尊(やまとたけるのみこと)、応神天皇、武内宿彌(たけのうちのすくね)、仁徳天皇


東殿:天武天皇、舎人親王(とねりしんのう)の2柱

西殿:早良親王、伊豫親王(いよしんのう)、井上内親王(いがみないしんのう)の3柱

社格:府社

通称:紫陽花の宮(あじさいのみや)

京都十六社朱印めぐりの一つ

ご利益:勝運、学問

 洛南 深草の里に、平安京遷都以前から氏神として祀られていたといわれる

 藤森神社は、勝運と馬の神社として、騎手や競馬関係者に信仰を集めている

 毎年5月5日の藤森祭は、菖蒲の節句発祥の祭とされる
 菖蒲は、「尚武」に通じ、「尚武」は「勝負」に通じるといわれ、勝運をよぶ神として信仰を集めている

 「日本書紀」の編者であり、日本最初の学者である舎人親王も祀られていて、学問の神さまとしての信仰も集めている

 6月上旬から7月上旬にかけて3500本の紫陽花(あじさい)が楽しめる名所



【藤森神社の歴史・経緯】




【藤森神社の境内】

 <本殿>
 1712年(皇紀2372)正徳2年
 中御門天皇より宮中賢所の建物を下賜されたもの
 現存する賢所としては最古の建物

 <東殿>
 759年(皇紀1419)天平宝字3年
 崇道尽敬皇帝(舎人親王)を祀る藤尾社が、藤尾の地に創建される
 1438年(皇紀2098)永享10年
 藤森神社に合祀される

 <西殿>
 800年(皇紀1460)延暦19年
 早良親王を祀る神社として、塚本の地に創建される
 1470年(皇紀2130)文明2年
 早良親王が、生前に藤森神社を崇敬していたことから合祀される
 陸奥で反乱が起こったとき征討将軍となった早良親王は、藤森神社で戦勝を祈願した
 その出陣の日が5月5日だったことが、現在の駆馬神事の由来

 <拝殿>

 <御旗塚>
 本殿脇の塚
 神功皇后が、新羅凱旋の兵器を納めて「いくさ旗」「纛旗(とうき)」を立てた塚
 塚の上には、「いちいの木」と称される枯れた株がある
 「いちのきさん」と称されて、腰痛にご利益があるといわれる
 新選組の近藤勇も腰痛に悩まされてご祈願に通っていたといわれる

 <石造鳥居>
 1711年(皇紀2371)正徳元年の銘がある
 額がない鳥居
 かつて、後水尾天皇宸筆の額がかけられており、
 江戸時代には、鳥居前の道が、西国大名の参勤交代の道筋であり、各大名は、駕籠から降りて拝礼をして、
槍などを倒して通行をしなければならなかった
 しかし、幕末維新の動乱の時代に、新選組の近藤勇が、このような悠長なことでは時代に即しないと、
外してしまったといわれる

 <神楽殿>
 <斎館>
 <参集殿>
 <七福神
 <金太郎像>
 <神馬像>
 <手水舎>
 <絵馬舎>
 <金太郎像>

 <かへし石>
 かつて、この石を拝殿から鳥居まで転がすという行事があった
 祭日には、参拝者により、この石を持ち上げて力試しをしたといわれる

 <蒙古塚>
 蒙古の将兵と、戦利の兵器を納めたところ
 かつては、7つの塚があり「七ッ塚」とも称されていた

 <白松(はくしょう)>
 「白皮松」「白骨松」とも称される
 中国では、宮殿などに植えられる非常に貴ばれる木
 1935年(皇紀2595)昭和10年頃
 陸軍第十六師団団長が、就任記念として寄進されたもの

 <神鎧像>
 5月5日の藤森祭は、菖蒲の節句の発祥の祭であり、
 節句に飾る武者人形には、藤森の神さまが宿るといわれており、その象徴をして建立される

 <不二の水
 伏見の名水
 「二つとない美味しい水」という御神水
 武運長久・学問向上・勝運を授ける水として信仰されている

 <神宝殿>
 宮司が集めた古今の武具の百数十点が収められている
 馬の博物館も併設されている

 <第1・第2紫陽花苑
 第1苑は、南門から参道左側に続く
 第2苑は、本殿裏の摂社が立ち並ぶその裏に広がる
 延べ1,500坪
 6月上旬から7月上旬にかけて合わせて約3500本の紫陽花(あじさい)が楽しめる名所



【藤森神社の境内社】

 <摂社 八幡宮社(重要文化財)
 1438年(皇紀2098)永享10年
 現在の社殿は、将軍 足利義教が寄進されたといわれる

 <摂社 大将軍社(重要文化財)
 祭神:磐長姫命(いわながひめのみこと)
 桓武天皇平安京を造営したとき、王城鎮護のため、京の四方に祀られた大将軍神社のうちの南方の守護神
   東方:大将軍神社(東三条大将軍
   西方:大将軍八神社
   北方:今宮神社境内大将軍社、西賀茂大将軍
 方除けの神として崇敬を集めている

 1438年(皇紀2098)永享10年
 現在の社殿は、将軍 足利義教が寄進されたといわれる

 <藤森稲荷社>
 <大日如来社>
 <祖霊社>
 <七宮社>
 <天満宮社>

【藤森神社の文化財】

 <木造狛犬一対(重要文化財)>
 <紫糸威鎧(重要文化財)>



【藤森神社の祭事】

 <歳旦祭(さいたんさい)> 1月1日
 <御木始・御弓始(おきはじめ・おゆみはじめ)> 1月16日
 <節分祭並追儺式(せつぶんさいならびについなしき)> 2月節分
 <藤森稲荷初午祭(ふじのもりいなりはつうまさい)> 2月初午
 <紀元祭(きげんさい)> 2月11日
 <祈年祭(きねんさい)> 2月17日
 <御出祭(おいでさい)> 5月1日
 <神輿神霊遷(みこしみたまうつし)> 5月3日

 <藤森祭(深草祭)
 5月5日
 菖蒲の節句の発祥の祭
 駈馬神事(かけうましんじ)や時代行列(武者行列)、神楽奉納などが行われる
 節句に飾る武者人形には、藤森の神が宿るといわれる

 平安時代初期
 清和天皇の勅命により、藤原良房が行った「貞観の祭」が由来といわれる

 御輿、鎧に兜の稚児武者行列、少年鼓笛隊が氏子地域を練り歩く

 御輿には、第一御輿(宮本下ノ郷)、第二御輿(深草郷)、第三御輿(東福寺上ノ郷)の三基がある
 江戸時代に、氏子により作られたもので、京都で最も優雅なものといわれる

 稚児武者行列には、4つの隊列があり
 朝渡(あさわたり)
  祭神 早良親王が東征したときの行列の扮装
 皇馬(こんま)
  清和天皇による深草祭の行列の扮装
 御弓御鎧(おゆみ)
  公家武家民の栄昌の行列
 払殿(ほって)
  祭神 神功皇后が凱旋し大軍旗を祭神としたときの行列の扮装

 少年鼓笛隊は、幕末維新における官軍の行進に扮した隊列
 神社旗を先頭に鉄砲隊・鼓笛隊の行進が行われる

 駆馬神事(かけうましんじ)
 境内に馬場が設けられ、馬上での数々の妙技・馬術が奉納される
 室町時代には衛門の武官、江戸時代は伏見奉行所の武士、御所警備の武士、諸藩の乗馬指南役により奉じられた
 明治時代以後は、氏子により引き継がれている
 祭神である舎人親王が学問、打鞠の神様といわれ、
菖蒲の節句であり、「菖蒲」は、「尚武」「勝負」に通じ、勝運の神様として、騎手や調教師ら競馬関係者の参拝も多い

 かへし石
 「力石」とも称される
 240kg、128kg、96kgの大中小の3つある
 京都所司代が、この石を持ち上げながら拝殿、鳥居などをめぐり歩き、剛力を披露し合ったといわれる

 <紫陽花まつり>
 6月中旬〜1ヶ月間
 境内の紫陽花苑で、3500株の紫陽花が観賞できる名所
 紫陽花が献花される神事や、蹴鞠(けまり)や、雅楽が奉納される
 紫陽花娘のお抹茶の接待が行われる

 <夏越大祓式(なごしのおおはらいしき)
 6月30日
 茅の輪くぐりなど、茅の輪神事(ちのわしんじ)が行われる

 <天満宮祭(てんまんぐうさい)> 7月25日
 <七夕祭(たなばたさい)> 8月7日
 <大日如来祭(だいにちにょらいさい)> 8月27日
 <八幡宮祭(はちまんぐうさい)> 9月15日
 <秋分祭・祖霊社祭(しゅうぶんさい・それいしゃさい)> 秋分の日
 <大将軍祭(たいしょうぐんさい)> 10月28日
 <御供祭(ごくうさい)> 11月1日
 <秋季大祭並火焚祭(しゅうきたいさいならびにひたきさい)> 11月5日
 <藤森稲荷火焚祭(ふじのもりいなりひたきさい)> 11月8日
 <舎人親王祭(とねりしんのうさい)> 11月14日
 <新嘗祭(にいなめさい)> 11月23日

【藤森神社へのアクセス】

 市バス 藤森神社前
 京阪電車 墨染駅 徒歩5分
 JR奈良線 藤森駅 徒歩5分


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