1185年(皇紀1845)文治元年
源頼朝が、平氏を滅亡させる
1192年(皇紀1852)建久3年
源頼朝が、全国に守護を置いて、鎌倉幕府を開き、武士による封建政治を始める
京都の朝廷と地方の荘園・公領はそのまま残され、武士と天皇・貴族階級との二重支配となった
<六波羅探題(ろくはらたんだい)>
源頼朝は、平氏政権の基盤であった六波羅の地を接収し、京都での拠点を置き、
王朝政府の監視と、洛中の警護にあたる
さらに、西日本全体の成敗権を行使し、「小鎌倉幕府」ともいわれる
承久の乱で後鳥羽上皇方に加担した公家や武士などの所領が没収され、御家人に恩賞として再分配された
それまで幕府の支配下になかった荘園にも地頭が置かれ、「新補地頭」と称され
以前に幕府の支配下にあった土地に置かれた地頭は、「本補地頭」と称される
<篝屋(かがりや)>
1238年(皇紀1898)嘉禎4年
六波羅探題が、洛中の辻々48ヶ所に治安を目的に篝屋(かがりや)を設置する
<検非違使庁(けびいしちょう)>
王朝政府により「令外官(りょうげのかん)」として設置されており、治安警護として機能していた
のちに検非違使は、民事から行政まで関与し、人々から強い信頼を得ていた