江戸時代(えどじだい)(EdoJidai)

年代:1603年(皇紀2263)慶長8年〜1867年(皇紀2527)慶応3年

 江戸幕府、徳川将軍家によって全国が統治されていた時代
 264年間という世界史的にも稀な長期安定政権が続き「天下泰平」と称された平和な時代

【江戸時代の歴史・経緯】


【江戸時代の京都】

 二条城において、
 京都所司代・町奉行をおき、江戸幕府の直轄都市とする

 徳川家康、徳川秀忠、徳川家光の3代は、京都の社寺の復興に力が入れられる

 1611年(皇紀2271)慶長16年
 角倉了以(すみのくらりょうい)によって、鴨川の西側に高瀬川が開削され、大坂と京都を結ぶ大動脈となる

 伝統産業の復興にも保護が行われ、西陣織への保護が大きく、高機(たかばた)約7000台を保持した

 観光都市化が進み、観光産業が発展する

 町数は、1666町に増え、人口35万の第三の都市となる
 上京の町数12組、下京の町数8組

【江戸幕府の職】

 <京都所司代
 江戸時代初期
 京都の警備、朝廷・公家の監察、京都・伏見・奈良の町奉行の管理、 近畿全域の訴訟の裁決、
西国大名の監察などにあたった

 <京都守護職
 幕末維新
 薩摩藩主の父親 島津久光による文久の改革の一環として設けられた江戸幕府の職
 江戸幕府の権威が低下し、京都に諸国から尊王攘夷派の過激志士らが集い治安が悪化したため、
京都市中の治安維持、御所二条城の警護などを担うために設置された
 会津藩藩主 松平容保が就任、金戒光明寺に本陣が置かれた

【ゆかりの人物】

 <後水尾天皇
 <八条宮(桂宮)
 <閑院宮
 <桂昌院

 <石田梅岩
 <板倉勝重
 <渋川春海
 <下村彦右衛門
 <角倉了以
 <角倉素庵
 <高山彦九郎
 <茶屋四郎次郎
 <徳川家康
 <徳川家光
 <徳川慶喜
 <豊臣秀頼
 <ねね(高台院)(北政所)
 <松平定信
 <宮本武蔵


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